第11回〜20回

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第91回〜100回

第11回

 12月に入ると街の中はクリスマスムード一色で、あちこちきれいなイルミネーションが暖かい気持にさせてくれるね。僕もこの時期、恒例の行事があるんだ。

 今から20年以上昔。デストロイヤーさん(覚えてる?大人気だった覆面プロレスラーだよ)に誘われて始めたんだけど、病院に入院している子供達や孤児院をまわってサンタクロースをやるんだ。本当にサンタの衣装を着て、プレゼントを届けたり、パーティに参加したりする。

 クリスマスっていうのは本来宗教的な物だけど、それに関係なくみんなが楽しめる素晴らしい行事だと思ってきた。でも僕はサンタをやるようになってから、クリスマスの本当の楽しさが分かった気がする。サンタになって寂しい子供達にささやかなプレゼントを届けたり、抱き上げるだけですごく喜んでくれる。初めて誰かを喜ばせる幸せを感じたヨ。僕にとっては家族や友人とプレゼントを交換したり、パーティをしているより、10倍も百倍も幸せなことなんだ。

 そんな僕のクリスマスで一番思い出に残っているのは、数年前雪の振る盛岡での事。サンタになって、あちこち街角をまわって募金を集めたんだけど、途中具合が悪くなって30分おきにトイレに駆け込む始末。雪はどんどん強くなって、みんなが「もう途中で中止しましょう」ってずっと言ってくれたけど、僕は「絶対やめない!」って何時間も頑張り通した。苦しくて、つらくて、悲惨で、ボロボロのクリスマスだったけど、みんなが本当に喜んでくれて今になれば幸せな思い出。

 皆さんも今年のクリスマスは、寂しい子供達やお年寄りのことを少し考えたりして、一緒に過ごす人達と幸せの意味を見直してみようよ。ボランティアに参加するのもいいし、何か有意義なクリスマスを計画してはどうかな?

第12回

 皆さん明けましておめでとう!1年の計は元旦にありと言うことで、皆さんも今年の抱負を立てたかな?僕の抱負は「世の中の役に立つ」事。

 僕は先月、障害時のクリスマスパーティに出席した。その中に、車椅子に乗った精神障害のある女の子がいた。彼女は馴れないパーティに出て、大勢の人の中で興奮状態になって手足をばたつかせ、背中を硬直させていたんだ。僕は側に行って彼女の手を握って、背中をなぜながら大丈夫だよと念じ、じっと目を見つめていた。すると彼女は見る見る緊張がゆるんで落ち着いてきた。おとなしく澄んだ目で僕をじっと見返してきたんだ。その時僕は愛情は通じると感じた。

 聖書の中でキリストは、人の苦しみや痛みを自分が変わりに受けることで人を救ってあげたという。キリスト教を勧めるわけではないが、僕もそういうふうに人の苦しみを救ってあげたい気持が強くなったんだ。人の痛みや苦しみをやわらてあげる力は僕にはないけど、気持は十分にある。だからボランティアとは呼べないような小さなことからでも、何か人の役に立つことをしていきたいと思う。大掛かりに計画するだけがボランティアじゃないと感じる印象深い出来事だった。

第13回

 新年の1月5日〜14日の10日間、毎朝5:30〜7:30、講道館の寒稽古に行ってきました。「たった10日間、毎朝2時間がなによ」と言う人もいるだろうけど、これがきついのなんのって・・・毎朝4時30に起きて(夜は9時前にベッドへ)バイクで講道館へ。でもあまりの寒さに顔が氷男みたいになったので、さすがに途中から車に変えた。

 寒稽古の後は一日中眠くて、身体中怪我だらけで痛くて、つらくて、何が悲しくて続けているのか自分でも分からなかった位(ちなみに寒稽古の間、会社に行く前にトレーニングも毎日やったよ!)。ただ、毎朝元気な子供達に会ったり、早朝とは思えないほど落ち着いている先輩方に会ったりして、心に「生」と「静」を得る事ができたのと、稽古の後のお風呂がすごく気持ち良かった。熱〜い湯舟に入るときは、思わず「う〜ん」と唸ったね。

 とにかくやると決めてしまったからやったという感じ。これからはもう何もつらいとは言わないし、朝6時まで寝られるなら幸せだと思える。寒稽古が終わった翌15日、風邪でダウンしたけど、僕は満足だった。

第14回

 イチゴ狩りに行ってきた。「うらやまし〜」とおもうでしょ?ところがこれが涙なくては語れない物語。

 ある番組に届いた「病気で車椅子生活を送っている従姉妹をイチゴ狩りに連れていって欲しい」という一通の手紙が事の始まり。プロレスの藤原組長と僕が手伝ってその希望をかなえてあげようというもの。企画を聞いて僕は「よし、僕たちでおんぶでも抱っこでも、ナンとでもしてイチゴ狩りをさせてあげよう!」と意気込んで現地へ。

 そこでイチゴ畑を前に「さあ、準備をお願いします」の声。えっ?ナンの準備?それは、イチゴの苗をどかして車椅子が通れる道を造るというのだ。イチゴの根を傷つけないように手で固い土を掘り起こして、苗を大事に取り除き、整地をして幅の広い道を造った。もうホントに農作業の皆さんの苦労がよく分かったよ。僕らは深夜、足腰の痛みにうめきながら、土と寒さと“格闘”して道を造った。実は野々村誠君も一緒にやったけど、僕らが20本の根を掘り起こす間に、彼は1本を丁寧に丁寧に掘っていた。役にたつ奴だ。

 翌日、車椅子の女性が(イチゴ狩りの事は知らずに)従姉妹と一緒に現地へやってきた。道は完璧、彼女はとうとうイチゴ狩りができたんだ。僕がこの企画を説明する役目だったけど、「実は、あなたの・・い・従姉妹の・・て・手紙で、ウッウッウエ〜ン」あとはもう彼女も従姉妹も、僕らも、スタッフもみんな涙、涙、涙で大感動。

 寒くて、痛くて、眠くて、ボロボロで、すごく嬉しかった。もちろんイチゴは山ほど食べたけど、また風邪ひいた。クールだぜ!

第15回

 今年は、『人の為に役に立つ』のが僕の目標だ。だから、ボランティアや仕事や勉強も一所懸命やっている。

 若いころは、欲張ったり、先走ったりして失敗した事もあった。でも今は、目標に向かってコツコツと頑張っていれば、結果として、人や仕事やお金がついて来ると信じているんだ。まず、人の為に骨を惜しまない事、自分の事は後にする事、が人間が生きて行く上ですごく大切だと、若干52才にして悟ったんだ。

 まさにこれが『チャック教』だ。(あっ、このページは宗教お断りだった?)僕なら信者の皆さんからお金は取らないよ。ただ、一枚の書類にサインしてもらうね。それは『遺言状』。書面は「私が亡き後の財産は全てチャック教に納めます。」こうすれば、生きている間にその人からお金は全く頂かないし、亡くなった後は親族で遺産相続のコツニクの争いも起きない。一挙両得、一石二鳥、スバラシイ!と思いません?

 ところで、ボクは人生50年にして開眼したけど、お金の方はまだ誰について行くべきか分かっていないようだ。『色男、金とタカラはなかりけり』だネ!え?タカラじゃなくてチカラ?いつ変わったの?

第16回

 僕にはファッションセンスと言うものが無い。服も道具も選ぶ基準は機能と耐久性が優先。もちろん服の場合はサイズが合うかどうかが最優先だけどね。破けた服を着ている事や、靴下の色が左右バラバラなんて事もしょっちゅうなんだ。

 だから最近のブランド志向は全然理解できない。服でも車でも持ち物でも、要は価値観の問題だと思う。僕が思う価値観は自分にとって必要なものかどうかという事。

 例えば、買えない訳じゃ無いのにポンコツ自動車に乗っている人。その人にとって必要な機能を果たしていれば、ポンコツだって構わないはず。ボロボロになった道具を使い続ける人も同じ事。ニーズを満たしてくれれば道具の新旧は関係なく価値のあるものなんだよね。

 ところが、ローンも払えないのに外車を買ったり、ブランド名がついているだけで次々新しいものを買い込んだりする人を見かける。これは、自信の問題だけど、自分に自信が無いと、分不相応な車や持ち物といった外見でカバーしようとするんだ。でも実際には物で人間の価値は決まらないし、こんな不安定な社会では内面を磨かないと乗り切れなくなると思う。

 フィットネスクラブでも大きな音をたてたり、意味もなく裸になったりする人がいるけど、注目を浴びたくて仕方がないんだろうね。走るマシンの上でいきなりもうダッシュして3分ぐらいでゼイゼイよろめきながら帰っていく人もいるよね。何故か人の本性が出やすい場所でもあるんだ。

 やっぱり自分の内面でも健康でも、長い目で見る必要があると思う。目先や回りの事に気を取られているとなかなか良い効果は得られない。長い目で見ながら、足元を着実に固める事が大事なんだよね。お金は失っても又働けば取り戻せるけど、失った健康は高くつくよ!命取りにも成りかねないしね。

第17回

 コップに半分ミルクが入っているとき、「もう半分しか残っていない」と考えるより、「まだ半分も残っている」と物事の良い面を見なさいという話をよく聞くでしょ?最近の景気低迷や社会不安の影響か、発想の転換や気持の切り替えが必要なようだね。

 確かに、「あれがない、これが足りない、そんな事出来ない」と、ナイナイづくしに考えたら落ち込む一方だ。物事の良い面を見て少し楽観的に考えたほうが、ストレスも溜まらないはず。僕だって、無いものや足りないものがたくさんある。だけど、健康で丈夫な身体があるし、体力もある。それさえあれば無いものを手に入れる可能性は十分あると思っている。
 そこで、チャック流発想の転換法を伝授しよう。

 例えばコップに半分のミルクを見て、どうしても「まだ半分もある」と考えられない場合、思い切って小さいコップに入れ替えよう。ほら、どう見てもコップにいっぱいのミルクになっただろ?

 「そんなのインチキだ」と考えるとことん後ろ向きな人。コップを持ってミルクを飲みほそう。ほら、そこにあるのはただのカラっぽなコップだけ。足りるも、足りないも考える必要が無いでしょ?

 実を言うと僕はお腹がゴロゴロするからミルクは飲めないの。だけど本当は、コップに半分のミルクなんて、小さい事はどうでもいいじゃない!

第18回

 6月にカウンセリングセンターの会員さんが、パーソナルトレーニング通算100回を突破!この方には引き続き、1,000回を目指して、頑張って頂いているんだ。他にもセンターの会員さんをはじめ、牛久のスポーツリラックスで運動療法をしている会員さん達の変化は目を見張るものがある。

 病気の改善の為にやむを得ず運動をはじめた皆さんだけど、3ケ月から半年も経つと、表情も生き生きして来る。もちろんそれだけでなく、みんな血糖値や血圧が下がったり、体重が減ったり、体力が付くといった体内的な改善も見られる。

 100回を突破した会員さんやヒロオカクリニックの会員さんをはじめ、運動を続けているみなさんは驚くほど若く見える。若く見えるというより、実際に若々しいんだね。コツコツと運動を続けている熱心さと、その結果得られた健康や体力への自信が、生き生きとした表情を作り、気持まで明るくなるのだと思う。

 僕ら指導者にとって、そんな表情を見られることほど嬉しいことは無い。

 僕も30年以上運動を続け、年々若返っている。あと5年もすれば20代に間違えられるはずなんだ・・・。

第19回

 先日、宮崎の21フィットネスクラブの夏のイベントで、ビーチバレーボール大会があったんだ。海の近くにあるフィットネスクラブで、ビーチでイベントが出来るなんて、街中のクラブの方にはうらやましい話だよね。ところがこの楽しいイベントが僕にとっては意外にも落とし穴だった。

 まずは、台風接近のおかげで往復の飛行機は妖しく揺れていた。それにあわせて僕の心臓はお尻と口の間で上下していた。何とか天候には恵まれて、当日は朝から帽子と日焼け止めで完全防備。海は遊泳禁止ぎりぎりの高波。命懸けのボディサーフィンを楽しんだけど、トドに間違われて撃たれるといけないので、早々に引き上げた。ゲームの後はバーベキューをお腹一杯食べて大満足だったけど、どうやら僕もバーベキューになっていた。その後の3日間は日焼け後用スプレーとアロエジェルを塗りたくって、動きもままならい。

 真っ赤に焼けたダルマストーブの様で、アイデンティティも揺らぐ日々をおくった。

第20回

 悲しい事件がありました。8月9日、家のネッシーちゃんが交通事故で亡くなりました。何時もうるさくて、猫のトイレの掃除は大変だったけど、ペットの葬儀屋さんでお骨にしてもらって、もう手もかからなくなってしまった。

 ネッシーは外に出るのが大好きで、朝早くから僕の鼻をひっかいて起こし、「早くご飯ちょうだい」と急かして、食べ終わると「早く開けて」と窓をひっかいていた。外を一日中走り回っていたから、いつか事故にあうんじゃないかと心配していたんだけど、家に閉じ込めるのも可愛そうだったから、仕方がないね。

 さんざん泣いて、もしかしたら帰って来るかも知れないと、夜中まで待ってみたりした。でも今ごろは天国を走り回っているだろう。皆さんもペットは生きている間に十分可愛がってあげてね。

 ところで、家にはもう一匹ミーグルズというおとなしい猫がいるんだけど、ネッシーがいなくなって寂しがると思っていたらとんでもない。急に一人っ子になって、家も餌もトイレも独り占めに格上げ。絶好調で大声で鳴きながら走り回っている。さすがに猫だ。

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