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 第24回 「肩こり(その2)番外編」

 12月12日、念願のホノルル「メイヤーズウォーク」に患者さんと気合いの柳沢さんと共に参加してきまして。ウォークの詳細は柳沢さんのページにあると思いますので私は旅の裏話を致します。
 金曜日の診療を5時過ぎに終え、急ぎ成田エクスプレスに飛び乗り、空港に向かいました。2泊3日の強行スケジュールの為、なるべく疲れない様に機内でゆっくり睡眠を取るつもりで夕食時にワインをたっぷり頂き、食後のコニャックまでサービスされ、いい気持で眠りに就いたのでした。

 うとうとする間も無く、機内アナウンスが「肩の脱臼のお子様がいらっしゃいます。お医者様がいらっしゃいましたら、ご協力をお願いします。」と告げたのです。一般的にこの種の申し出に医師が反応しなくなっている傾向があります。特に米国では医療訴訟がからむ事が有り、素手で立ち向かわなければならない医療行為に医師も慎重にならざるを得ない訳です。おまけに国際線の中では、あらかじめどこの国の患者とまでアナウンスしてくれず、言葉の通じない、習慣・文化の異なる外国人に対して治療を施さなければならないかも知れない事は医師にとっては正直言って不安です。と言う訳で、この様な申し出に対し少し情けない話ですが、従来私は真っ先に手を挙げず、勇敢な赤ひげ先生の出現を見守る態度に徹していました。

 さて今回は幸か不孝か、私の隣席に同行のKご夫妻がいらっしゃいました。アナウンスにおやおやと言う感じで隣に顔を向けるとKさんと目が合ってしまいました。Kさんは大変立派な紳士で「スチュワーデスさん、ここに先生がいますよ!」等というおせっかいな事は、口が裂けてもおっしゃる方で無い事は十分承知していましたが、私自身沈黙を守るのに気が引けて手を挙げてしまいました。

 ところがベルトをはずし、立ち上がろうとしたとき急に飛行機が大きく揺れ始めました。間もなく機長から急に気流の悪い所に来たのでスタッフも席に着く様アナウンスがあり、その後40〜50分の間飛行機が上下に揺れ続けました。「バウンドで脱臼も治ったかも知れないなあ」等と思っていると、スチュワーデスが「お客様よろしくお願いします」と言って来ました。

 患児は機体の後部の床に横たえられ、痛みと不安の為大声で泣いています。よく見ると左肘にスリッパが副木代わりに包帯で巻かれていました。スチュワーデスの話によるとアナウンスに対してなんと精神科の先生が応じられたのですが、「専門ではないのでどこの脱臼かよく判らない。とりあえずスリッパで動かぬ様に固定し、“医者”に見せなさい」との事でした。私も整形外科の専門ではありませんが、幸いな事に肩脱臼の整復の経験が数回あったので、泣き叫ぶ子供の肩に足をあて、斜め上方の尺骨側に手を引っ張ると難無く肩は元に戻りました。確認の為、泣く子を立たせ、「マー君両手を挙げてごらん」と言うと泣きながら不安げにそろそろと腕を挙げ、あれっという照れた様な笑顔を見せて万歳をしてくれました。

 私を取り囲んでいた4人の美人スチュワーデスが一斉に拍手をして「嘘みた〜い」「すっご〜い」等と祝福してくれました。私はボクサーが勝利してリングから控えに戻る様な気分で颯爽と機内通路を席に戻ったのです。結構幸先いいじゃない?といい気分で再び眠りに就いたのです。しかしその後がいけませんでした。

 しばらくして「モシモシ先生!」と肩を突かれて目を覚すと、浜村純の様なチーフパーサーが眼鏡の中の目を細めて最高の営業用笑顔で「先程は本当にありがとうございました。ぜひお名刺を。」と言ってきました。GパンにTシャツで気分はもうハワイという格好だったので、「今あいにく持ち合わせません。また後ほど。」と応えて引き下がってもらい、再びうとうとし始め30分程経ったころ、また「モシモシ先生、機長でございます。先程は…。」とお礼の言葉です。ぼんやりして言葉も良く聞き取れませんでした。やれやれと思いつつ、今度こそ本当に寝ようと目をつむっていると30分程して、あの浜村純がまた「モシモシ先生!会社からもお礼をしなければなりませんので、お名前とご住所をお聞かせください。」と言って、紙とボールペンを持ってきました。

 そのとき偶然NHKビジネス英語の先月号のテキストに『機内で病人を治療した医師に航空会社はマグナムボトルのシャンペンとファーストクラスの世界一周チケットをプレゼントする』という夢の様なダイアローグが載っていた事を思いだしました。家内やクリニックの職員の羨望に満ちた顔が浮かび、眠い目を擦りつつ、スターがサインをする様な気分で住所氏名を書きました。

 約6時間のフライトは残り少なくなってきました。大切なウォーキングを控え、人並み外れた時差ボケでいつも悩まされている上に、『このままでは睡眠不足でエライ事になる。何としてでも睡眠を!』と最後の眠りに入り、うとうとし始めた頃、またあの悪魔のささやきが「モシモシ先生!」アアもういい加減にしてくれと、多少不機嫌に目を開けると、浜村純が「先生、お子様のお父様がどうしてもお礼が言いたいとの事です。」と言って、若い父親が鯱張って慣れないお礼の口上を「せ、せっかくのおつくろぎ、いや、おくつろぎの所を私どもの子供の為に…」と述べ始めました。私は「ああ良かったですね、もう結構です」と自分でも訳の分からない台詞をはきながら、引き下がってもらう様、手で合図をしながらブランケットの中に潜り込んだのです。しかし、何たる事か、間もなく機内灯が点き、軽食のサービスが始まり、続いて機は着陸態勢に入ったのです。

 ホノルルで3日の間、太陽を拝む事なく、雨のワイキキビーチとウォーキングをエンジョイし、帰国後、郵便物を楽しみに待っていたところ、3〜4日して航空会社の封筒が届きました。外から何やら小さな箱の様な物が触れます。世界一周の時期はいつ頃にすべきかという期待に胸を膨らませ、開けてみると、航空会社のマーク入りのボールペンが一本と簡単なお礼の手紙が入っていました。

 クリニックの看護婦は、「世界一周チケットはきっとスリッパの精神科の先生の所へ行っちゃったんじゃないですかあ〜」等と言っています。世の中はそんなに甘くありませんでした。と言う訳で肩こりの治療について述べるつもりでしたが、急遽、肩こりから肩脱臼の雑文になってしまいました。今年はもう少しアカデミックに行く予定です。

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