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 第35回 「ウォーキングの幸せ」
 秋も深まり、銀杏の葉が金色に輝き、楓も鮮やかに紅葉しています。
 毎週土曜日の午後、運動療法で皆さんと新宿御苑をウォーキングしていますが、本当に爽快で幸せな気分になります。森の木々が出してくれているフィトンチッドや、我々の視覚から入る四季折々の植物が見せてくれる美しい色模様が自律神経に作用しているのかも知れません。

 しかしながら最近私はそれだけでなく、動物(御苑の中では人類)が出している幸せのオーラの様な物が、私達を幸せな気分にしてくれるのではないかと思う様になってきました。朝の通勤時、座っている人は皆一様に苦虫を食い潰した様な顔をしています。職業柄ついこのオッサンは痔がうずいているのかなあ?とか、このオバハンは便秘患いで腹にガスが溜まって、屁でもがまんしているのかなあ?このガキは良くもない頭を一夜漬けの試験勉強で使い過ぎて頭痛でもしとるのかいなあ?と、こちらもつい悪意に満ちた解釈をしがちです。たまにニコニコして座っている人がいると、独り言で訳の分からない事を言っていたりして要注意です。自分が座ろうとした席を取られたり、肩がぶつかったりで人々は殺気立っています。電車の中はストレス実験のモルモットの気分になってしまうのです。

 一方、御苑では200円の入場料を払って不愉快な気分になろうと言う様な御仁はいませんから、スクルージおじさんの様な苦虫おやじにはまずお目にかかりません。家族連れも恋人同士もこれが通勤時と同じ人種かと思うほど穏やかな笑顔を浮かべ、散策し幸せそうに芝生に寝そべっています。

 動物の子供が安らかに寝ている時はオーラの様な物で包まれ、猛獣も襲わないという話しを聞いた事があります。科学的に証明された訳ではありませんが、笑顔の人々、幸せな人々からは何か人を和ませるエネルギーが発散されているのかも知れません。

 さて、運動の効果、とりわけ有酸素運動の高血圧、肥満、糖尿病、高脂血症に対する効果はこれまでにも様々な角度から証明されてきましたが、精神的にも良い効果がある事が判ってきています。特に抑うつ的な状態や不安が運動によって軽減される事が報告されています。

 私は週に2回患者さんと診療終了後、ウォーキングとウエイトトレーニングをしていますが、いやな事があったり、仕事で疲れ過ぎた時はつい今日の運動はさぼりたいなあと思う事があります。しかしながら、いざ歩き始めるといやな事を忘れ、爽快な気分になり、心のバランスを保つ上からも私にとって日常の必須の行動習慣となっています。

 運動の抗うつ効果に関しては肉体的な面と精神、心理的な面から色々と検討されています。肉体的、生物学的な面では脳内の伝達物質であるノルアドレナリン機能の改善やうつ状態で活動が活発になっている脳の視床下部、脳下垂体や副腎皮質からのホルモンの過剰分泌を抑えるのではないかと考えられています。

 運動中に肉体的には疲労の極致に達しているにも関わらず、気持が楽になり幸せな気分になる事があり、ランナーズハイと呼ばれています。マラソン等の走者が走る事によって恍惚感を感じ、肉体的な疲労も感じなくなるものです。このメカニズムとして、血中のβエンドルフィンと言う内因性のモルヒネに似た物質が増加しており、βエンドルフィンが大脳に作用して幸せな恍惚感をもたらすのではないかと推測されています。未だに学問的に証明されてはいませんがウォーキングの幸せ感も或いはこの様な物質が関与しているのかも知れません。

 心理的な要因に関しては、私の独断ですが先に述べた様な運動の仲間、周囲の人々との連帯から受ける幸せなエネルギーや、身体に良い事をしているという充実感がプラスに作用しているのではないかと思っています。

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