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 第27回 「癌と運動」

 アイクと呼ばれ親しまれた米国大統領アイゼンハワーの主治医であった、有名なホワイト先生は、半世紀前に「walk, walk and walk」と運動(散歩)の効用を説いていますが、私も外来で腰痛、膝の痛みで歩行が困難な人、高熱の人、重症な肝機能障害患者、心不全で安静が必要な人を除き、ほぼ例外なく患者さんに散歩を勧めています。以前のこの欄でも述べましたが、高血圧、高脂血症、肥満、糖尿病等に対する運動の効用に関しては広く知られる様になりました。

 一方、常に死亡原因の上位を占める癌と運動の関係に関しては、ごく一部のものを除き明確な報告はありません。癌の発生、進行、治療の予後には遺伝的な要因、様々な環境因子等多くの事が関わっています。その中で食事、飲酒、喫煙等、ライフスタイルと癌との関与も様々な方面から研究されており、タバコを例にとると肺癌、口腔咽頭癌、食道癌、膵臓癌、膀胱癌、子宮頸癌に喫煙が明らかなリスク要因であると同時に、治療後の生存率にも関係すると言われています。又、食事に関しては癌の原因の1/3が食物に因るとの報告もあり栄養の研究と共に、食品添加物や、黒焦げの食べ物の発癌性等、調理法との関係が検討されています。では運動と癌の関わりはどうなっているのでしょうか?

 先に述べました様に、癌の発生には多くの要因が多様に関わっており、運動のみの関与を特定する事は困難です。しかしながら、ある疫学的調査では肥満や運動量の少ない生活の人に大腸癌、乳癌、前立腺癌の罹患が多く、死亡率の増加が見られたと報告されています。

 又、従来一旦癌に罹患し、抗ガン剤等の化学療法や放射線療法を受けている患者さんには、医者から安静が指示されていましたが、最近の報告では運動がこれらの癌患者の身体的機能やQOL(生活の質)を改善し、体力、持久力を快復させる事が示されました。

 この理由として、癌の生体防御因子であるナチュラルキラー細胞(NK細胞)の細胞数、細胞活性が運動により増加して免疫系の改善をもたらし、癌の進行、増殖を抑える事が推測されます。又、エストローゲンやプロスタグランヂン等のホルモンに対して運動が良い効果をもたらして、癌の発生予防に関係するのではないかという研究もあります。

 即ち、ホルモン系に関係のある癌である乳癌、前立腺癌、精巣癌では運動がホルモン環境を変化させると考えられており、乳癌の場合では運動がエストローゲン濃度を低下させ、癌の発生進行に抑制的に働く可能性も示唆されています。又、以前にも述べましたが運動によって腸の動きが良くなり、便通が改善される事から積極的な運動が大腸癌の発生に抑制的である事も報告されています。癌患者の運動は病状の程度にもよりますが、高度の貧血や、骨への転移が無い限り、20〜30分の歩行、固定式自転車漕ぎが全体的な健康感覚を高める事もあり、有効であると勧められています。

 親しくしている私共の隣人が1年前に肺癌の為、片肺の全摘手術を受けられました。肉体的にも精神的にもすっかり落ち込んでおられるのを見かね、携帯可能な酸素飽和度を測る器械をお貸しし、心拍数と酸素飽和度を持続的にモニターしながら積極的にウォーキングする事をお勧めしました。息切れ、呼吸困難、胸痛がひどく、短い距離の歩行もままならず、すっかり自信を失っておられたのですが、今ではすっかり元気になられ、出歩く姿を見るにつけ、運動の効果、重要性を改めて認識しています。

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