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 第31回 「一過性脳虚血性発作(TIA)」

 夏の夕刻になると、何故か子供の頃の色々な記憶が蘇ります。蚊取線香や少しかび臭い蚊帳の匂い、楽しみにしていたテレビのチロリン村とクルミの木、裏の畑で取り立ての焼きトウモロコシの芳ばしい香り、我が家の夜空いっぱいに開いた夏祭りの花火、川風にのって聞こえる盆踊りの三橋道也の音頭…。

 診療を終え、浴衣に着替えた亡父が枝豆とビールでいい気分になり、蝉時雨が静かになりかけた黄昏の夕風に吹かれながらギターを取り出し、当時流行ったフランス映画“川は呼んでる”の主題歌「デュランス河の流れのように…」を妹達に合唱させながら伴奏していた情景を想いだします。

 さて、大分感傷的になったところで脳卒中の続きです。
 脳梗塞には前にも述べた様に脳血栓と脳梗塞があります。脳梗塞は不整脈、弁膜症、心筋梗塞、心内膜炎等の心臓病が元にあり、心臓の中に出来た細菌やカルシウムの固まり、動脈硬化の壁の一部、古くなった血の固まり等が前触れもなく脳に飛んでいったもので、発症は急激です。

 一方脳血栓は経過がゆっくりしており段階的に進行する傾向があります。また前触れとして、一過性脳虚血性発作(TIA)を起こす事が知られています。このTIAの段階で適切な治療が行われると脳梗塞を未然に防ぐ事が出来ます。従ってその症状を気のせい、歳のせいと見逃すこと無く対処する事が重要です。

 今回はこのTIAについてお話しします。
 TIAの症状は警告の徴候と言われるもので、脳卒中の前触れです。即ち、

 1) 片側の顔面、上肢、下肢に突然力が入らなくなったり、しびれる場合
 2) 片目の視力が突然暗くなったり、見えにくくなった場合
 3) 突然しゃべれなくなったり、話したり話しを理解することが困難になった場合
 4) 思い当たる節の無い突然の激しい頭痛、めまい、物が二重に見える複視
 5) 突然の転倒

 等が症状としてあげられます。
 TIAは脳梗塞と同じで小さな血の固まりである血栓が血管に詰まり、脳の一部の機能が一時的に無くなってしまいますが、血栓が自然に溶けたり流れてしまい、再び血流が元通りとなって、後遺症を残すことなく症状が無くなってしまいます。

 典型的には急速に発症し、症状が10秒〜15分持続し、24時間以内に全ての症状が消えるものと定義されています。血栓が出来た場所の動脈によって頭蓋骨の外側の内頚動脈系と内側の椎骨脳底動脈系の二つに分けられ、各々で多少症状が異なります。内頚動脈に原因がある場合は血管が狭くなった場所で血管の雑音が聞かれます。聴診器は胸に当てられるだけのものと思っている方も多いと思いますが、首に聴診器を当てて診断する事もあるのです。

 一方小さな脳梗塞や脳出血、脳腫瘍、硬膜下血腫等の脳の病気や、糖尿病の低血糖発作においてもTIAに似た症状を示す事があるので注意を要します。これらの病気はCT、MRIや血液検査で鑑別が可能なので、上に述べた“警告の徴候”が現れ、いつもと違う感じがする場合には医師(脳外科医)受診を勧めます。
 症状がわずか1〜2秒の場合や、ぴりぴりする痛みを伴うもの、手足の反復するぷるぷるする震えがあるもの、発作の前兆として閃輝暗点(両目の視野の中心に暗点が現れ、視野の周辺に向かってキラキラ光る境をもって広がっていく症状)がある場合等は、脳虚血による症状ではなくTIA以外の疾患を考えたほうが良いようです。

 TIAの約1/3の患者は最初の発作から5年以内に脳卒中を起こすと言われ、脳卒中の20%がTIAの1ケ月以内に、又50%が1年以内に起こると言われており、TIAを起こした患者さんの脳卒中に対する予防対策が重要です。

 TIAは頭蓋骨の外と内部の血管の動脈硬化病変が元にある訳ですから、一次予防として生活習慣病の高血圧、高脂血症、糖尿病等に対すると同様の危険因子の治療と予防対策が重要です。

 喫煙により脳卒中のリスクは男性で40%、女性で60%増加すると言われており、TIAを起こした人では禁煙は最も重要な事の一つです。幸いな事に脳卒中のリスクは禁煙により確実に低下し、5年後には喫煙歴の無い人と同じになると言われています。

 高血圧は脳出血だけでなく脳梗塞のリスク要因です。降圧剤の投与を受け、厳密な血圧の管理が必要です。糖尿病、高脂血症等の生活習慣病に対する治療は今までに述べてきた通りです。

 通勤に関しては最近米国の医学雑誌で、積極的な身体活動が女性の脳卒中を減らす効果があると報告されました。それによると1986年から1994年の間で72,488人の看護婦を対象に検討され、407人が脳卒中となり、258人が脳梗塞、67人がくも膜下出血、42人が脳内出血、40人が原因不明となっています。

 運動の量によって5群に分けて検討したところ、運動量が多い人では統計学的に明らかに脳梗塞になる人が少なく、運動の効果が立証されました。運動療法を推奨する私達にとって励みになる報告です。

 最後に、我らが世界に誇る生活習慣病の宝庫の様な偉大な体形の総理が、前任者と同じ結果にならないことを祈っております。あれっ!サメの脳には脳卒中は起こらないんだっけ?

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