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 第36回 「風邪期の入浴」
 新年明けましておめでとうございます。昨年は私達のクリニックにとって検診部門の拡張、森総理大臣閣下の大号令へ呼応してのIT化等々激動の年でしたが、何とか無事に過ぎていきました。蛇を見ただけで卒倒する私にとって、今年は果たしてどの様な年になるのでしょうか?とりあえず新年の決心として、このコラムだけは真面目に書き続ける事を誓います。

 さて、風邪の患者さんが大分増えてきました。クリニックではインフルエンザ対策として500人近くの人(この中にはチャックさんも含まれ、注射を怖がって逃げるチャックさんをか弱い看護婦さんが押さえ付けて注射しました…)にワクチンを投与してきました。皆さんが無事にシーズンを過ごされる様祈っています。

 ところで風邪の原因となる微生物は100種類以上あると言われています。そしてその殆どは、別格のインフルエンザも含め『ビールス』です。風邪は医学的にはかぜ症候群と言われ、呼吸器症状として、くしゃみ、鼻汁、鼻づまり、咽頭痛があり、気管から気管支へと炎症が及ぶと咳や痰が出てきます。全身症状として発熱、全身のだるい感じ、頭痛の他、時に吐き気、下痢などの消化器症状を伴います。

 さて、これらの患者さんを診ていて、日に何回も受ける質問があります。それは「お風呂はいつから入っていいですか?」という質問です。多くの診療所や病院で同じ質問を受けた医者が(心の中では一瞬困りながらも)さも既成の事実か医学の常識であるかの様に「治るまでやめておいたほうがいいでしょう」と言っているのではないかと思います。何を隠そう私自身、昔ばあ様に言われてきた上のセリフを、学問的裏付けの無いまま患者さんに伝えてきました。

 最近の医学はEBM(エビデンス ベースドメディシン)と言って、個人の経験によるのではなく、きちんとした統計に基づいたデータで患者さんに説明しなければならないのですが、残念ながらこの件に関しては科学的なデータがありません。私自身風邪の最中に冒険心を起こして入浴し、つまっていた鼻が通じたり、出にくかった痰がスムーズに出始め、風邪の入浴は悪くないと確信した次の機会には、湯冷めから症状が増悪して困惑してしまいました。

 しかしながら最近、私の指示通り2週間入浴を控えていたおっさんが来院し、脇の下にはさんでもらった体温計を受け取った瞬間、むれた靴下10足分を鼻先に突き付けられた様なあまりの臭いに卒倒しかかったのです。それ以後、大いに反省し、風邪と入浴に関して真面目に文献を漁ったのですが、納得のいくものはありませんでした。ある大家は「年寄りは入浴で消耗し疲れるし、体温の調節がうまくいかない人がいるので、有熱期には絶対に入ってはいけない」と言っています。

 一方子供の風邪の入浴に関して、小児科医は概して寛容です。著名な小児科医は自身の調査結果から、風邪の時に子供を風呂に入れ、82%の親は風邪の具合に変化を認めず、15%は風邪が良くなったと感じ、わずか2%が悪化したと答えたと言っています。

 入浴の条件は個々にまちまちで、火傷しそうな湯に幸せそうにつかっている人がいるかと思うと、ぬるま湯に長々と入るのが好きという人がいます。一般に42度の温湯では10分間に120kcal消費すると言われます。風呂につかる深さも問題で、首までの入浴では水圧で胸囲が1〜4cm、腹囲が2〜6cmも細くなり、柔らかいお腹が水圧で押されて横隔膜が押し上げられ、全身の皮膚表面の静脈が圧迫されて心臓に戻る血液の量が増え、心臓の負担が増えてしまいます。42度以上の高温では交感神経が活発となり、血圧が40mmHg、脈拍が40拍、体温が2度程増えると言われており、風邪で熱のある老人が42度以上の高温浴をすると大家の言うとおり消耗し、ダウンです。

 こういった事が入浴反対派の根拠の様ですが、よく考えてみるとこれは入浴で風邪そのものが悪化するか否かという議論とは別の様に思います。しかしながら風邪にかかったお年寄りを入浴させた群と、しなかった群に分けて風邪が悪化するかどうかといった、非人間的な実験はナチスでもない限り実行不可能で、今後も学問的エビデンスが示される事は難しい様に思います。

 ところで、患者さんは入浴の後、寒冷刺激で一時的にくしゃみや鼻汁が出る場合があり、これは感冒ではなく寒冒状態で、風邪にかかった訳ではなく、混同してはいけません。

 日本人の生活様式は昔と大分変化してきましたが、風呂に関しては、まだまだ内湯でなく銭湯を利用している人が少なくありません。最近では家の近くの銭湯が次々と閉鎖する傾向にありますが、洗髪して髪を十分乾かさないまま長時間冷気にさらされて、遠くの銭湯から歩いて帰宅すると寒冒から感冒に移行する場合もある様で、いわゆる湯冷めは要注意です。実際に何人かの患者さんが風邪が悪化したと証言してくれています。

 インフルエンザの極期で40度を越す発熱で全身の筋肉痛の場合には、風呂どころではなく論外ですし、風邪の人に積極的に入浴を勧める根拠も無いのですが、一般的な鼻風邪で、ぞくぞくする寒気が無く、気分も良くなり、入浴気分になった時には、多少の有熱、鼻水、鼻づまり、咳があったとしても、強く入浴を希望する人に対して、私は湯冷めを避ける様に脱衣所の保温を確保し、入浴後直ちに床に就くと言った条件で、40度程度の湯で10分を越えない入浴を許可しています。

【文献】
 1) 鼎談かぜ症候群の診療、日本医師会雑誌 1998;7:1009-1023
 2) 五十嵐正紘、かぜと入浴 2000;10:859-861

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