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 第37回 「アスピリンの話」

 幸いな事に今年の冬はインフルエンザが流行しない様です。しかしながら、お腹にくる風邪や、いつまでも咳を引きずるしつこい風邪で来院される方が少なくありません。皆さんも薬局で感冒薬を買い求めたり、病院を受診し、医師から処方箋による薬をもらっている事と思います。いずれで求めるにしろ、成人の場合は、サルチル散系のアスピリンが含まれる感冒薬が用いられることが多いようです。

 欧米では、アスピリンは100年も前から解熱鎮痛剤としてミラクルな薬として支持され、アメリカの宇宙飛行士が常備薬として月まで持っていった事が知られています。我が国でもバファリンと言う名前で風邪の他にも頭痛、生理痛、炎症を抑えるなどの目的で広く用いられています。

 一方このアスピリンはインフルエンザ等のウイルス感染の子供に投与すると、Reye症候群と言う急性脳症を起こす事が知られており、子供の風邪の解熱剤としてはアニリン系のアセトアミノフェンと言う薬が用いられます。

 ところで我が国ではこのアスピリンとは全く異なるアセトアミノフェンが町の薬局で小児用バファリンという名前で市販されているのです。さらに紛らわしい事に、病院用あるいは医療用として同じ小児用バファリンと言う名前でアスピリン製剤が医療機関で処方されています。町の薬局と病院でもらう薬が同じ名前で全く違う内容の薬だった訳です。

 一般の人はもちろん医者さえも混乱し、同じ物と勘違いしている人が少なくありませんでした。こんな事に長年目をつぶってきた厚生省も呑気なものですが、最近ようやく病院で処方する小児用バファリンがバファリン81mgと言う名称に改められ、小児用バファリンはアセトアミノフェンだけに統一されました。

 ところで今まで病院で長期処方されたアスピリン製剤の小児用バファリンは主として大人の患者に投与されて来ました。そこで「オレ大人なんだけど、どうして小児用をくれるの?」と言う質問を患者さんから何度も受けました。これは通常の半分の量のアスピリン製剤を製薬会社が小児用バファリンという名称で販売してきたからですが、アスピリンは通常量を長期に投与すると胃腸障害を起こす可能性があり、副作用と目的とするアスピリンの効果を勘案した結果、半分量のアスピリンが適当であるとして用いられてきたのです。

 では、アスピリンを長期に服用するとどの様な効果があるのでしょうか?

 アスピリンの効果に関して、1940年頃より経験的にアスピリンを飲んでいる人に心筋梗塞の発生が少ないことが伝えられ、その後の研究で心筋梗塞や脳梗塞の原因である血栓の元になる血小板という成分の凝固をアスピリンが防ぐ事が判って来ました。『トロンボキサンA2』と言う血小板凝集を起こす物質をアスピリンが抑える働きを明らかにしたサムエルソンらは、1982年にノーベル賞を受賞しています。

 この結果を元に、1985年米国ではアスピリンが抗炎症剤、解熱剤だけでなく抗血栓剤として認められ、世界中の医療現場で使用されて来ましたが、我が国では15年後にして始めて厚生省が抗血小板剤として認可したのです。この間我が国の循環器や脳外科の医者は苦労しながら、血栓予防の目的のアスピリンを、健康保険の元で認可されている慢性関節炎や腰痛などの病名をあえて付記しながら、心筋梗塞、脳梗塞の患者に投与してきたのです。

 薬剤の認可に関する厚生行政の在り方を考えさせるアスピリンの歴史です。

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