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 第38回 「肥満と運動−1」
 まだまだ寒い毎日ですが、日毎に春の気配を感じるこの頃です。さて今年のバレンタインデイに私は、少し年の離れた43年生まれの彼女とデートをしました。彼女の住まいの一階が洒落たバーになっており、以前から誘われていたのです。少し遅い時間に店に入り、カウンターの隅に座ってバーテンにグレンレヴェットの12年をロックで頼むと、忙しくしていた彼が顔を上げて私に気づき、「先生、今彼女を呼びにやります。」と口元に訳知りの笑みを浮かべて言うのです。古いジャズを耳にしながらグラスを傾けていると、タバコで煙った店の奥から彼女が現れました。

 彼女は嬉しそうに、私に手を挙げ、「先生やっと来てくれたのね。」と私の席に近づいて来ましたが、店の男の客が一斉に私に嫉妬の一瞥を向けているのを感じました。小柄な彼女が私の隣の椅子に座ろうとすると、髭面の男がやにわに立ち上がり、店の隅から足台を運んで来て彼女の足元に置き、痩せて気の弱そうな男が彼女の膝に手慣れた風にブランケットを掛けるのです。彼女はさりげなく「ありがとう」と言うと、外の男には目もくれず私の手をとり「今日は嬉しいから少しワインを頂くわ。」とグラスワインを注文し、色々な話を始めました。

 30分も経った頃でしょうか、突然背後からの「今晩は!お二人さん。」と言う声に振り向くと、なんと女房です。驚いた彼女は握っていた私の手を離し、少しうろたえながら「あなた、先生の奥さん?私達そうゆう関係じゃ無くて、ただ患者と先生の…。」と顔を赤らめながら弁解するのです。私は引っ込めた彼女のややシワの多い手を握り返しながら明治四十三年生まれの彼女の少女の様にはにかむ横顔を見ていました。

 さて、お勉強です。今回は以前にもお話しした事のある肥満と運動についておさらい致します。米国からの報告では近年、食事の脂肪摂取が減っているにもかかわらず、肥満症患者が増加傾向にあり、その原因として職場や家庭で人々が圧倒的に動かなくなった事を挙げています。

 IT革命がもたらした
Immobile Tendency 革命(私の造語でチャックさんに変な英語と言われるかもしれません)が、世界に誇る我らが首相の様な体型を作り出しているのです。

 このように運動不足がもたらした肥満症ですが、一旦脂肪組織が蓄積されると運動だけでこれを解消することは困難です。肥満症の治療で最も大切な事は食事療法であり、運動療法の目的は食事療法で低下する基礎代謝を上昇させ、大量のエネルギーを運動筋で消費させる事にあります。更に、脂肪組織の中の中性脂肪から脂肪分解によって生じる遊離脂肪酸が、量的には多くはありませんが、運動筋で利用され、過剰に蓄積した脂肪を減らす事が期待されます。

 一方、極端な食事療法だけを行った場合には脂肪組織以外の除脂肪体重(LBM: lean body mass)が減り、目的とする体脂肪を効率よく減らす事にならず、むしろ有害である場合や、長続きせず、リバウンドを来たす事も判って来ています。従って肥満症の治療は無理のない食事療法と運動療法を並行し、継続して行う事が必須です。

 肥満症の中でも、上半身が肥満した内臓脂肪の蓄積した場合には、糖尿病、高脂血症、高血圧等の生活習慣病を合併する事が知られており、これらを氷山に例えると水面化で共通する病態であるインスリン抵抗性の亢進が元凶であることが分かっています。運動療法は、このインスリン抵抗を改善する事が明らかにされました。肥満症に対する運動のもう一つ大きな目的はここにあるのです。次回は肥満症に対する運動の実際をお話しします。

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