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 第39回 「肥満と運動−2」
 先日ある患者さんから「先生のコラムは医学の話は難しいから読まないが、前書きが面白いから楽しみにしている」と言われました。嬉しい様な悲しい様な気分ですが、今月も雑談から始めます。

 回転寿司が世界中で大流行しているそうです。クリニックの隣の本格派のM鮨さんでは『台』ではなく『代』が回転し、最近では息子のYさんが握っています。M鮨のオヤジさんは元陸軍中尉殿で今年で80歳です。酒が入ると少しいけませんが、まだまだ現役で、店内を見回っています。彼は名白楽で多くの弟子を育てており、その内の一人がアメリカで10人の名シェフに選ばれたM氏です。ニューヨーク、ロンドンを始め世界中に支店を持ち、まさに空飛ぶシェフとして大活躍です。友人のロバート・デニーロを連れてお忍びで隣の店に現れ、オヤジさんの鮨を食べさせに来たりしています。

 さて、そのオヤジさんが最近の人は食べ物を粗末に扱うと嘆いています。先日も、物の無い戦時中に鮨を握った話しを聞かせてくれました。戦況が厳しくなり、中国戦線からフィリピンに部隊が派遣されたそうですが、食べ物が少なくなってきたある日の事、上官が鮨が食いたいと言い出したそうです。鮨ネタのイカとサヨリの様な魚を用意し、なんとか米も確保しましたが酢がありません。そこで、椰子の実の新芽を切って竹の筒に入れ、マングローブの皮を浸すと椰子酒が出来上がり、しばらく置くと酸化して酢の様な味の汁が取れる事を原住民から教わりました。そしてこれを応用したところ、結構な戦場の鮨が出来たという事です。

 又、戦後捕虜になり、どうしても懐かしい鮨が食いたいという仲間の為に鮨を作る羽目になりました。レイテの捕虜収容所の中で米軍から配給された乾燥卵なる代物に魚の缶詰の汁と砂糖を混ぜ、パン焼き器で焼くと何とか卵焼きもどきが出来たそうです。ドラム缶で炊いたカリフォルニア米にレモンパウダーを混ぜて酢飯を作り、乾しぶどう、乾しりんご、ソーセージ、缶詰のほうれん草を細かく切り、小麦の袋を布きん代わりに卵巻が完成し、なんと4000人の捕虜仲間に食べさせたそうですが、皆故国を思い涙して食べてくれたと言う事です。

 さて、話しは代わって肥満症の続きです。最近肥満症に対する運動療法の論文をいくつか読む機会がありました。日頃肥満症の治療に苦労していますので、何か秘中の策でも書いてあるかと大いに期待していたのですが、多くは肥満の治療から焦点が高血圧、高脂血症、糖尿病の治療になってはぐらかされたり、我が国とは生活習慣が異なる米国のデータの紹介に終わっているものもあり、少しがっかりしました。しかしながらそれだけ肥満治療が難しく、未だ我が国の実情に合った明確な指針が無いのかも知れないと思うと、逆にファイトが沸いています。

 さて、その米国のデータですが、最近肥満症に対する運動、身体活動の指針が変わりました。従来米国スポーツ医学会の指針である心肺持久力の改善を目的とした『週3〜5日、一回20〜60分の持続した中等度〜強度の有酸素運動』が他の生活習慣病と同じく肥満症にも適応されていましたが、1996年の米国保健研究所(NIH)から出されたものでは『弱い強度の運動を細切れで10分程度の短時間行っても、1日30分以上毎日持続して行った場合』には同様の効果があるというものです。またこの運動は、いわゆるトレーニングだけでなく日常の家事労働による運動も含めており、我々医者の立場からすると、運動を勧めても忙しいと言って受け入れてくれない人達に対しては説得し易い指針です。チャップリンの様にちょこまか1日中歩いていたら痩せられるのかも知れません。

 肥満治療を目的とした運動では、血液中の糖分や脂肪組織の中性脂肪から出てくる遊離脂肪酸という物質を、筋肉で使われるエネルギー源として充分な酸素の供給の元で燃焼させる事が基本になりますが、強すぎる運動では酸欠状態でエネルギー産生を余儀なくさせられる為、脂肪は燃焼されず筋肉内に蓄積されているグリコーゲンが急速分解され、有害な乳酸と言う物質が出てきます。血液中に乳酸が増えると血中の遊離脂肪酸が減ってしまい、脂肪組織の減少にはつながらないと言われています。又、過酸化脂質と言う物質が出てきて、血管や様々な臓器を痛めてしまう事も判って来ました。

 肥満の人が強い運動をすると、膝や足の関節を傷めたりという整形外科的な事故も問題になります。従って無理の無い運動を出来るだけ心掛け、継続させる事が重要です。残念ながら我が国では、10分程度の細切れ運動が実際に肥満治療に効果があるかどうかの証拠となるデータが無いのですが、ジムなどでトレイナーの元できちんと運動が出来る人は別として、まとまった運動時間が取れない人が目標とするには良い指針かも知れないと思っています。その一つとして万歩計を付けて毎日1日1万歩を目標にする事も一つの方法です。

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