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 第43回 「BNP検査-2」
 先日、長患いの92歳になるご主人を亡くされたお婆さんが、疲労困憊の体で来院されました。「先生、人間一人亡くなるのは大変です。私は色々勉強させて頂きました。」と言う、憔悴しきった彼女に悔やみの言葉をかけたのですが、彼女は「入院中もお金!死んでからもお金!もっと安上がりでスーっと消えて行く事は出来ないのでしょうか?」と不満そうに言うのです。「まあ尊厳死という方法もありますし、遺骨を海に散灰する人もいるそうですよ。」と、あまりパッとしない返事をしたのですが、彼女は葬儀にかかった費用の事がよほど頭に来た様子です。

 葬儀屋さんから高額な祭壇の値段を提示され、渋々承諾したところ、「ところでユカンになさいますか?」と聞かれたそうです。聞きなれない言葉でしたが、お通夜のお酒を燗にでもするのかと思い、分かった様な顔をして「お願いします。」と答えると、早速お棺から遺体を取り出し、あれよという間にお湯で拭き始めたのだそうです。ユカンとはこの事かと思った時は後の祭りで、さっき看護婦さんが肛門にまで綿を詰め、きれいにしてくれたのに等と考えながら見ていると、「頭は奥さんがシャンプーしてください。」との事。あまり頼りにならなかった医者からの「何度も死にかけて生き返った貴重な症例なので脳の解剖をさせて欲しい。」という依頼を家族会議の結果断ったのですが、甥っ子が「最近の医者は信用できない。きっとこっそり脳を取り出している筈だから、頭の傷跡を確認した方がいい」と言われ、猿がグルーミングをする様に必死に傷を探し、結局無くて安心したそうですが、なんとユカン代10万円也の請求です。「確かに主人はお風呂好きの人だったですけど、どこの高級温泉でもこんなお高い入浴代は無いんじゃありません?」と怒り心頭です。私は不謹慎ながら笑いをこらえてうつむいておりました。


 さて今回は前回のANPの話に引き続き、心臓由来のホルモンBNPについてお話します。
 ANPのAは心房(Atrium)の頭文字をとりBNPのBは豚の脳(Brain)から抽出された為名付けられました。NPはナトリウム利尿ペプチドを意味します。このグループにはA、Bに続きCNPも発見されていますが、心臓病の診断と治療にはANPとBNPが用いられています。通常心臓の機能が低下しているかどうかを診断するには、問診で「日常の生活で息苦しい等の症状が現れるのか?安静にしていても苦しいのか?」といった自覚症状を聞き出す事から始めます。この自覚症状の程度をニューヨーク心臓協会[NYHA]が4段階に分類しており、I度からIV度になるに従って重症という事になっています。

 私達のクリニックでも[NYHA]II〜III度の中等度からやや重症の自覚症状の患者さんではBNP値が高い値を示しました。心不全という心臓の機能がバテた状態になると胸のレントゲン写真で心臓の影が大きくなって来ますが、この大きさに比例してBNP値が増加する事も分かってきました。不整脈、心筋梗塞、弁膜症、心筋症などの心臓病では、ほとんど症例でBNP値が異常を示し、治療効果の良い目安になっています。米国の報告では心臓病患者の35%が自覚症状の無い[NYHA]、I度の患者さんで未治療のままであると言われています。この様な患者が将来重症化する前に、BNP検査でひっかけられ早期治療が受けられる可能性もあります。病気でなくても競輪選手やサッカー選手の様に激しい運動を持続する人で、心臓の筋肉が肥大して大きくなるスポーツ心臓でもBNPが増えるという報告があります。

 簡単な血液検査で心臓病の程度や隠れた心臓病そのものを知らせてくれるBNP検査が今後普及して行く事と思われます。

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