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 第59回 「心室細動」

 毎日カラスのけたたましい鳴き声で目が覚め、頭上の電線からカラスの白色爆弾におののきながら通勤する毎日です。果たして石原知事のカラス対策は効を奏しているのでしょうか?私の周りには既に自衛策を講じ、孤独な戦いを挑んでいる人たちがいます。これはその勇敢なる兵士達?の記録です。

【兵士その1:新宿区開業医、65歳、男性】
 安眠を妨害し、ゴミを散乱するカラスに敵意を抱き、色々攻撃手段を考えた結果、カラスの報復を受ける可能性が少ない事、医師としての社会的立場を動物愛護協会から非難されないようにする事、大のオトナの行為が近隣の人や子供達の眼に触れない事を主たる戦術に掲げ、自宅のカーテンの影に潜み、窓のガラス越しに学会で使用するレーザーポインターを武器として、狙撃手よろしくカラスの目を射るのだそうです。カラスは突然どこからともなく眼に飛び込んだ赤色光に驚きパニックになり、繰り返す内に自宅近くに近づかなくなったと言う事です。

【兵士その2:ピアノ教師、55歳、楚々とした女性】
 干しておいたお気に入りの真っ赤なパンティとブラジャーをカラスに取られ、木の上の巣の材料になっている事を望遠鏡で発見して逆上し、復讐を誓う。ガンマニアの甥の薦めにより NATO 軍採用の拳銃モデルのエアーガンを購入し、ひたすら射撃訓練に励み、腕を磨くこと数ヶ月、ある穏やかな春の朝、ご主人と朝食を摂っていると突然ベランダに憎っくきカラスがやって来ました。常に携帯している愛用銃を取りだし食卓に飛び乗り、「ちょっとちょっと」と呆れるご主人の声を物ともせず、ガンを発射したところ物の見事に命中し、カラスはギャーという声を残し飛び去ったそうです。それ以後カラスが近づくと、エアーガンを構えるだけで学習能力の高いカラスは怯え、最近では通りを歩きながら折たたみ傘を拳銃のようにくるくる回すだけで逃げていくそうです。
 電信柱の上のカラスに対しては、柱を思い切り蹴飛ばすと、カラスは振動に驚き飛び去るのだそうです。「“アニーよ銃をとれ”の様ですのよ。オホホ」と彼女はおしとやかにおっしゃるのですが、ひょっとすると女性はカラスよりも恐い…かも?
 
 さて、今月の医療情報はあの高円宮様の死因となった心室細動とスポーツ中の死亡についてお話します。外来のお年寄りでよく「早くお迎えが来て欲しい。ぽっくり逝きたい。」と言い人がいます。そういう人に限ってちょっとめまいでも起きると大騒ぎで、早くMRI検査をして欲しいという事になります。誰でも突然死には言い様のない恐怖を感じており、働き盛りで社会や家庭の大黒柱である壮年期の人の突然死は、過労死も含め大きな社会問題になっています。この突然死は我が国では年間8万人と言われており、以前このコラムでもお話しました。

 高円宮様の様なスポーツ中の死亡は、1%と他の行動時間帯における場合よりも低いのですが、単位時間あたりにすると最も危険率が高くなり、注意が必要です。スポーツ種目別にみると1/億人・時間の危険率は40〜59歳台では、剣道、スキー、登山、ランニング、卓球の順であり、60歳以上ではゴルフ、登山が圧倒的に高く、ついでゲートボール、ダンス、ランニング、テニスという順になっています。日頃運動習慣のない人がたまに無理なスケジュールで運動を強行するとあまり運動強度の高くないスポーツでも死亡する場合があり、逆にトレーニングを長年継続していて体力のある人が行っている、ランニングやテニスといったスポーツでは運動強度が高くても死亡率はそれほど高くないとも言えます。

 一方、スポーツを生活の中心にしているスポーツ選手の運動中の死亡は、心臓に基礎疾患がある場合が多く、35歳未満では肥大型心筋症が死亡の半数を占め、次いで原因不明の左室肥大、冠動脈奇形、心筋梗塞などの冠動脈疾患、マルファン症候群の患者での大動脈の破裂があげられます。35歳以上の中年以降では80%が心筋梗塞などの冠動脈疾患、残りが弁膜症、肥大型心筋症となっています。

 さて宮様の直接死因とされる心室細動は血行動態上は、心停止した最終的な状態と考えられ、平たく言えば、心臓マヒになった状態です。治療法は一刻を争う電気ショック(電気的除細動)しかなく、タイミングが遅れれば確実に死亡します。心室細動はまれには全く原因不明で突然に起こる場合もありますが、一般的には心室細動に至るまでに、前段階として危険とされる不整脈が存在している事が多く、ある種の心室性期外収縮、心室頻拍、ポックリ病の原因と言われる Brugada 症候群、QT 延長症候群などの不整脈を早期に発見し、心室細動に至らぬよう、運動制限を含めた生活習慣の是正や定期的な心電図等による循環器系の管理、抗不整脈剤の投与などの予防策を講じる事が重要です。またこれらの危険な不整脈を起こす基礎疾患である虚血性心臓病や弁膜症、心筋症などの心臓病をきちんと診断、管理し治療する事の重要性は言うまでもありません。

 特に心筋虚血(狭心症や心筋梗塞)、肥大型心筋症は、運動によって危険な心室性不整脈を生じる事が知られています。スポーツマンであった高円宮様が肥大型心筋症をお持ちだったのか、虚血性心臓病に突然襲われたのか、推測するのさえ恐れ多い事ですが、これらの病気をもしお持ちであれば、医師からスカッシュの様な激しい運動は当然禁止されていた筈です。また、定期的に綿密な健康チェックも受けられていた筈ですから、宮様のご不幸はあるいは防ぎようのない事だったのかも知れません。

 しかしながら全く健康と思われていたスポーツマンの運動中の死亡は、多くのスポーツ愛好家の間に漠然とした不安を起こした事は事実です。私の外来でも「運動はもう止めようと思う。」と言ってくる方が何人か現れました。これらの人に対しては(1)全く健康でリスクのない人はそう簡単に運動によって突然死しない事、(2)死亡例の多くは基礎疾患が関与している事が多い事、(3)年間死亡例が1万人前後の交通事故死に比べれば、運動中の死亡は報告されているだけで130人前後で遥かに少なく、運動前にきちんとしたメディカルチェックを行えばさらに死亡が減る可能性がある事を伝えています。

 健康を維持する為に、安全で楽しく有効な運動を行う上で、今私達が強調したいのは、スポーツを始める前には必ず循環器、呼吸器等のメディカルチェックを受ける事です。心電図や胸部X線検査で異常がある人は心臓の超音波、24時間ホルター心電図を受けることをお勧めします。また心筋梗塞や狭心症は初発症状として通常、胸痛を訴えますが、糖尿病の患者では痛みを感じない事があり、気がつかないまま手遅れとなって突然死に至る場合もあります。このため糖尿病、高脂血症、高血圧等の動脈硬化のリスクを持っている人では、トレッドミルや自転車エルゴメータによる負荷心電図検査を是非受けてください。

 また以前にもこのコラムで紹介した血液検査での BNP 値が潜在的な心不全を予測し、スポーツマンの病的な左室肥大を検出するのに役立つとの報告があり、簡便な検査なのでチェックする意味があると思います。

 高円宮様のご冥福を祈りつつ。

【参考文献:
 中野昭一編:図説・運動・スポーツの効と罪、医歯薬出版株式会社】

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