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 第51回 「アルツハイマー病」
 30年近く医者をやっていますが、商売柄、困った人の顔を見ると、お節介にも「だいじょうぶ〜?」と声をかけたくなってしまいます。人に限らず犬が道端で足をプルプルさせて糞をいきんでいる時の表情などを見ると「お通じ大変ですねえ、便秘ですか?」等と心の中で問いかけてしまいます。先日の国会中継では、粗相をして飼い主に叱られたパグの様な顔をしたムネオさんの困った顔に心ならずも同情してしまいました。

 
一方グラディエータの様に観衆の前でエエカッコシーの後でうち倒された女性代議士は、最後まで困った顔をしてくれなかったのであまり同情心が湧いてきません。その点、「ダメなものはダメ!」の土井党首が記者会見で、いつになく病気のオコゼの様な困った顔をしていたのでお気の毒に思っています。

 話しは違いますが、先日介護保険を申請したお婆さんの所へ市役所から担当者がやって来て、きれいに整頓された部屋と元気そうに化粧をして出迎えたお婆さんを見て、あまり介護の必要はないと言って帰ったそうです。お婆さんは大いに不満で、「こんな事なら部屋を散らかして破れ寝巻きで困った顔の演技をすれば良かった」等とこぼしています。患者さんの中にはアカデミー賞クラスの演技派の婆さん(爺さんにはいない)がいるので要注意です。


 さて、今回の医療情報は New England Journal と Nature という二つの格調高い雑誌に発表されたアルツハイマー病に対する意外な薬の予防効果についてお話します。歯痛や足腰の痛みで、医者が処方する非ステロイド性の消炎鎮痛剤で NSAIDs(Nonsteroidal Anti-inflammatory Drugs) と呼ばれる薬剤がその薬です。皆さまも一度は服用した事がある一般的な薬です。

 オランダで55歳以上の6,989人を対象とした7年間の追跡研究で293人がアルツハイマー病になったそうですが、NSAIDs の使用経験が1ヶ月未満のアルツハイマー病の発生頻度が0.95に対し、1ヶ月から2年未満の人では0.83と少なく、驚くべき事に2年以上服用経験がある人では0.20という極めて低い発生頻度であり、長期間にわたってこの NSAIDs と呼ばれる鎮痛剤を服用している患者さんではアルツハイマー病の頻度が統計学的に明らかに低いという結果が得られました。

 さらにこの事を裏付ける動物実感の結果が報告され、そのメカニズムが示されました。アルツハイマー病では短い間に著しい神経細胞の減少が起こり、その程度に応じて脳の機能が低下します。この神経細胞死の原因としてアミロイド仮説という考えが現在のところ広く支持されています。この説によれば、アミロイドβ蛋白という物質が直接的に神経細胞に毒性を持つ為に神経細胞死をもたらし、このアミロイドβ蛋白の神経細胞への沈着と蓄積がアルツハイマー病の発生原因であろうというものです。また、アミロイド前駆体蛋白(APP)の遺伝子が遺伝子変異によってアミロイドβ蛋白の産性を高める事が知られています。

 さて、研究者達がこの APP を産性した人の細胞と、ハムスターを用いて、様々な NSAIDs を投与したところ、おなじみの鎮痛剤であるイブプロフェンやインドメサシンを与えるとアミロイドβ42という原因物質が80%低下し、マウスの実験では脳へのアミロイドβの蓄積が40%減ったという事です。

 腰痛や膝の痛みを訴えて鎮痛剤を飲んでいるお年寄りが私達の外来でも多いのですが、言われてみれば何となく元気に「痛い!痛い!」と言って薬を飲みながらデパート巡りをしている人や、こんなに痛み止めを飲ませられるぐらいなら早くお迎えが来て欲しい等と言っているご老人に呆けた方が少ないように思えます。

 最後に鎮痛剤以外のアルツハイマー病を予防するものとして、食品ではポリフェノール、カテキン、DHA、EPA を多く含む赤ワイン、お茶、魚、銀杏の葉のエキス等が挙げられていますが、どの程度有効かの学問的証明は今後の研究を待ちたいと思います。

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