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 第52回 「胆嚢の働き」
 5月5日の子供の日には友人の家族が我が家を訪れ、久しぶりににぎやかな子供の声がこだまして楽しい一時でした。ところで我が国の少子化は深刻です。特に地方では顕著で、先日従姉妹が墓参りに四国の山間の町を訪れた際に、ちょうど町のお祭りと重なったそうです。小さいながらも城下町で祭りには大名行列を模したパレードがあり、昔は大勢の小中学生が参加しました。従姉妹はちょうど良いチャンスとばかりに見学したのですが、パレードの先頭を行くバトンガール達が、バトンを散々落としながらやって来るので、パレードが中々進みません。だんだん近づいてくるバトンガールが、中学生にしては太めでおかしいなと思いながら目の前に来ると、少女と思っていたのはシワシワの顔を真っ白な厚化粧で塗った60は過ぎていると思われる地元婦人会有志で、「がいなやっちゃ、がいなやっちゃ」と言う囃子詞をかけながら通り過ぎて行くのを唖然として見たそうです。

 その後を塗りの剥げた古ぼけた槍だの矛だのを持った、煮染めた様な衣装を着た老人たちの供揃いが続き、歯の抜けた老馬がヨロヨロと歩く背中で神主が振り落とされまいとしがみついて行く行列を、悪夢でも見ている様な絶望的な気分で見送ったとの事でした。


 さて、気分を変えて今回の医療情報は胆石についてお話します。
 友人のCWさんから「胆石の手術の後に排便の習慣が変わったんだけど、胆嚢を取っちゃったせいじゃないの?」と質問されました。そもそもCWさんの胆嚢内に大きな石を発見して手術を薦めた手前、きちんと責任を取らなければなりませんが、今さら取った胆嚢を戻す事は出来ませんし、かといって人工胆嚢だの胆嚢の移植手術なんて言うのも聞いた事は無いし、とっさの返事に困ってしまいました。そこで今回は胆嚢は身体の中で、果たしてきちんと大事な仕事をしているのか?胆嚢を取った後、身体は大丈夫なのか?と言うお話を致します。

 肝臓の中では細胆管と言う微小な管が小さな小川の様に集まり、次第に大きな川の様に肝臓から出て肝外胆管となり、さらに総胆管と言う一本の管となって、十二指腸につながっています。肝臓から十二指腸へ行く途中に、長さが10cm程のナスビの様な形をした袋があり、これが胆嚢です。胆嚢はナスビのヘタの様な細い管で総胆管につながっています。

 肝臓の肝細胞で作られた胆汁が、胆管を通り腸の中に流れて行きます。胆嚢は流れて来た胆汁を貯留し、袋の中で水分を吸収する事によって5倍の濃度に濃縮する働きをします。一日に500ccを越える胆汁が肝臓から常に分泌されていますが、食べ物を摂取しない間は胆汁は胆嚢に蓄えられ、食べ物が十二指腸を通過すると胆嚢が収縮して濃縮した胆汁を十二指腸に流しだす様になります。胆嚢内には胆汁が20〜30cc蓄えられており、分泌される量は食物によって異なります。胆汁の十二指腸への流れは、総胆管の腸への入り口にあり弁の様な役割をするオッデイ氏筋と言う筋肉の収縮と、十二指腸の壁の緊張でコントロールされています。

 胆汁の主な成分は胆汁酸、コレステロール、リン脂質、ビリルビン、水からなっており、食物で取り入れられた脂肪が胆汁酸によって分解され腸で吸収されやすくなります。胆汁酸は腸に出た後、一部が大便と共に排泄されますが、多くは大腸で吸収され、門脈を通じて肝臓に運ばれます。これを腸肝循環と言います。
胆石は、胆汁の中に溶け込んでいる肝臓で作られたコレステロールが多くなり過ぎ、溶けきれないものが結晶化して、胆嚢の中で層状に大きくなったものです。

 さて、胆石は健診の超音波検査で見つかる事も多く、放置される場合もあるのですが、CWさんのケースの様に直径が数センチに及ぶ胆石は、将来胆嚢炎や1〜2%の頻度で胆嚢癌を起こす可能性もあり、腹痛など自覚症状が無い場合でも胆嚢ごと切除するのが一般的です。胆嚢に穴を開けて石だけを取り、胆嚢を温存する方法も行われましたが、胆石の再発が多い事から胆嚢を石ごと取る術式が標準的な手術です。純粋な胆嚢内だけの石の場合は、胆汁の流れる胆管に手をつける事無く、茄子をヘタごと茎から取る様に胆嚢だけを切除します。上記したごとく、胆嚢は一定の生理的役割があり、盲腸の様に無用の長物ではありませんが、馬など動物によっては胆嚢の無い哺乳類がいる事と、胆嚢切除によって胆汁酸のリザーバーとして胆嚢が無くなり、胆汁酸のプールが減っても、先ほど述べた腸肝循環が効率良く代償して胆汁酸分泌は問題ないという事が判っており、胆嚢切除は腹部の外科で最も多い手術の一つとして行われて来ました。

 さて、CWさんは術後によく下痢をする様になったとの事です。これは残念ながら胆嚢切除後症候群(PCS)と言う手術による合併症の様に思います。PCSは胆嚢切除後10〜15%の頻度で生じると言われています。原因ははっきりしていない事も多いのですが、リザーバーとしての胆嚢が無くなった事により、症例によっては胆汁の流れの機能的な変化が生じるのではないかと考えられています。PCSには2つのタイプがあり、一つは持続的に胆汁が十二指腸より上部の消化管に流れ、食道炎や胃炎を起こすもので、第二は下部消化管の問題である下痢、腹痛を起こすものです。CWさんの場合は残念ながら第二のPCSを起こしている様です。先ほども述べました様に、術後、腸への胆汁酸の流れは健康な人よりトータルとして減少している事は無いのですが、胆管が十二指腸につながる部分のオッデイ氏筋と言う括約筋が過敏になって、機能的に食事の後、一時的に胆汁酸の流れが悪くなり、食事の内容によっては脂肪を分解しきれず下痢をしやすくなる事が考えられます。

 CWさんには脂肪分の多い食事を避ける事をお勧めします。お薬の服用は煩わしくていやですが、最近は括約筋の緊張を緩める良い薬があり、下痢腹痛の症状が強い場合にはこれらの薬で症状が改善されます。

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