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 第60回 「糸球体腎炎と運動」

 皆さま、明けましておめでとうございます。

 耳にタコが出来るほど聞き飽きた不景気な話しや、次第に絶望的になる我が国の未来予想がメディアに溢れています。一体今年はどの様な年になるのでしょうか。せめてこのコラムでは明るく、楽しく、為になる医療情報を発信できる様、頑張る所存です。とは言いながら新年早々あまり景気のいい話しではないのですが、医療費の自己負担が昨年の健康保険の改正で一挙に増え、大変な事になっています。

 先日、80歳になるS爺さんが血相変えてクリニックにやって来ました。今までただ同然だった薬剤費が6千円も取られたと言うのです。怒り狂うS爺さんを国が決めた事ですから仕方ない事と説得しましたが、中々怒りが治まりません。最初は小泉の奴はけしからんという話しでしたが、次第に矛先が私に向かって来ました。S爺さんは一月ほど前、私の薦めで白内障の手術を受け、世の中が変わる程目が見える様になり感謝してくれていた筈でしたが、どうも今日は雲行きが怪しいのです。「先生のおかげで手術に踏み切り、目が良く見える様になったのはいいのだが、急に家の汚れが目に付き風呂場のシミだの、台所の天井や壁の汚れが気になり、大改装する羽目になり大金をはたく事になってしまった。どうしてくれる!」と言うのです。S爺さんは元々一寸ケチの気があったのですが…こんな事にまで付き合っておられんわ(-_-#)。助けてくれ〜小泉首相!

 さて、気を取り直し、今回の医学情報はこのコラムにご質問を頂いた問題に対するお答えです。ある医学部の学生さんから「友人が糸球体腎炎なのだが、どれぐらいの運動をどれぐらいの時間やればいいのかサジェッションしたいので教えて欲しい。」と言う質問でした。

 まず最初に医学部の授業のおさらいですが、糸球体腎炎に関して

1) 我が国の糸球体腎炎の原因としてメサンギウム増殖性腎炎、IgA腎症が多い事。
2) 最も多いIgA腎症の30%は末期腎不全に移行する事。
3) 腎炎の予後を判断する為には、腎生検を行い組織学的な糸球体、間質血管の所見によって予後良好なものから不良なものがグループ化されている事。
4) 臨床所見として高血圧の程度、血清クレアチニンレベル、クレアチニンクリアランス、一日尿中蛋白量が総合的に判断される事。
5) 慢性糸球体腎炎は一部を除き検尿による蛋白尿、血尿以外には無症候である事が多い。

 これらを基礎知識として押さえておく必要があります。

 一般的に人間では運動負荷量が増えると腎血流が減り、正常人よりも腎炎患者で血流減少が大きいと言われています。この為高血圧や浮腫があり、腎機能低下や腎生検による組織学的障害の高度の症例では当然の事として運動は禁忌となりますが、無症候性で腎生検で血管や間質に異常を認めず糸球体病変も軽度のものでは、特別過激でなければ運動を制限する必要はありません。同じ腎炎でも程度によって治療法、食事運動などの生活管理、予後が大きく異なってきます。

 今回の質問では以上に述べた様な腎炎の程度の記載がありませんので、残念ながら適切なお答えは出来ません。またこの医学生さんも色々調べた事と思いますが、今のところ腎機能障害の進行度と各病態における明確な運動強度を示した研究が少ないのが現状です。あえて一般的なお答えをするとすれば、運動中や運動後に血圧の上昇が著しく、運動後に尿中の蛋白が増加し、運動により疲労感が強くむくみが出る程度の運動は避けるべきであると言う事でしょう。運動により変化する幾つかの指標を予め知り、変化の少ない範囲の運動を楽しむべきだと思います。

 今後の問題として、デンマークの研究者が以前にこのコラムでも紹介した心臓由来のホルモンのBNPの親戚のANP、アンギオテンシン、アルデステロンといったホルモンが、慢性糸球体腎炎患者の運動前後で興味深い変化を示したと報告しています。まだ症例が少なく、はっきりしない事も多い様ですが、簡単な血液検査ですから将来運動量設定の良い指標になるかも知れません。

【文献:Danielsen H. Pedersen EB. Atrial natouretic peptide, angiotennsin II and aldosterone in plasma in chronic glomerulonephritis during basal conditions and during exercise Acta Med Scand 1988;224(1):61-7】

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