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 第70回 「クレアチニン値」

 先日タクシーに乗っていると、突然運転手さんの携帯着メロが鳴り響きました。何処かで聞いた行進曲だなあと考えていましたが、古い記録映画で観た雨の明治神宮外苑陸上競技場での学徒出陣壮行会で、バックに流れていた曲である事を思い出しました。学徒兵が各々の大学の校旗を捧げ持ち、無念にも学業半ばで戦地に赴く様と、悲壮ながらも降りしきる雨を物ともしない凛々しい行進の映像が瞼に浮かびました。

 なんでこの曲を使ったのか運転手さんに質問したところ、40才を越えた彼は一年の内80日間を自衛隊員として訓練しているとの事でした。理由は国の為に何か役に立ちたいとの事です。やんちゃな娘がPKO活動に従事したいという事で、最近女性自衛官になったと嬉しそうに話します。自衛隊には危険をおかしても何か国の為に役に立ちたいと純粋に思っている人がいると思うと、頼もしく嬉しくなりましたが、同時に米国から言われたからとか、石油の為とかの命をかけるには余りもあいまいな理由と政治家の都合で、これらの自衛官がイラクに派遣される事に疑問を感じます。自衛隊員はどうごまかそうとも軍人です。武人たる軍人を死地に赴かせるには、命をかけるだけの明確な理由を彼らに伝える事が出来なければならないと思います。現地にはジハード(聖戦)として外国兵と戦い、死ぬ事に明確な理由を持ちそれを正義とする人々がいるのです。

 さて話題を変えて今月の医療情報です。

 中年アスリートのWさんが健康診断を受け、腎機能の指標である血清クレアチニン値が高値でした。
 クレアチニンは、筋肉内でクレアチンやクレアチンリン酸より産生され、肝臓で作られる尿素やプリン体から作られる尿酸と共に血液中に放出され、窒素を含む物質の終末代謝産物として主に尿中に排泄されます。このルートをもう少し詳しく説明すると、血液中のクレアチニンは腎臓に行き、糸球体と言う文字通り毛糸玉のような構造をした老廃物の濾過装置を通ります。ここで殆ど濾過された後、尿細管という出口を通り抜け尿中に排泄されます。糸球体の濾過する能力が落ちると、クレアチニンは血液中に留まり尿中に排泄されなくなります。腎機能の低下は、平たく言えば糸球体の濾過能力が低下した状態なので、血液中のクレアチニン値の程度によって腎機能の低下を予測する事が出来るわけです。

 一般に健診で行われる腎機能検査は、尿の比重、尿蛋白の有無、血液検査でクレアチニン値、尿素窒素(BUN)、尿酸値から総合的に判定されます。血液検査でクレアチニン以外の指数である尿素窒素の値は、尿への排泄が減る腎機能障害以外にも次の様な理由で変化します。すなわち蛋白質の大量摂取や潰瘍などによる消化管出血の他、絶食、発熱、感染症、熱傷、手術、ステロイドホルモン服用などの筋肉組織の異化作用という細胞が壊れた状態で増加します。また尿酸値は、腎機能低下以外にも痛風という病気で上昇する事は皆様もよくご存知の事です。

 一方クレアチニン値は他の要素が関与する事が少なく、腎機能を知る上で安定した指標とされています。さて、そこでWさんは果たして腎機能が低下しているのでしょうか?

 私の判定は健康体でした。その理由は筋肉内で産生されるクレアチニンは筋肉量で異なり、特にジャイアント馬場の様な巨人症の人や、脳下垂体の病気である末端肥大症の人などの筋肉量が増加した人で高くなる事が知られています。Wさんはオデコもアゴも飛び出ておらず、結構ハンサム男ですが、レスラー並のマッチョです。血清クレアチニンの正常値は男女で異なり、男性は0.8〜1.3mg/dl、女性は0.5〜0.9mg/dlとなっています。Wさんはクレアチニン値がやや正常を越えていましたが、他の所見がすべて正常であり、体の筋肉量から考え、正常と判断したのです。

 余談ですが、クレアチニン値は筋肉量の他に脱水症、甲状腺機能低下症、心不全などの腎臓病以外でも2mg/dlまでの軽度上昇をきたす事があるようですが、2mg/dlを越えた中等度、高度上昇例では間違いなく腎機能障害、腎不全が疑われるので精密検査が必要です。

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