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 第61回 「お茶と心臓病」

 17年前の英国留学時代に私の下で働いていた医師の長男H君が、ロンドン大学医学部の最終学年のカリキュラムとなっている海外研修で日本を選択し、昨年の暮れから千葉のK病院と築地のS病院で6週間の研修を行いました。両親は当時エジプトからの留学生の医師夫婦で、英国で資格を取り、現在ウェールズでGP(一般家庭医)として活躍しています。昔可愛かった、両親自慢の息子のH君がすっかり成人して、我々の前に現れた時はうれしい驚きでした。休日に我が家に泊まりに来るH君を妻は、息子の様に歓待していますが、いささか戸惑いもありました。

 敬虔なイスラム教徒であるH君は、一日に5回お祈りを行い、完全なベジタリアンでもちろんアルコールは御法度です。初詣とお彼岸に神様にお祈りする程度の信仰心の薄い、雑食のチャンピオンで酒飲み夫婦の我々にとっては、当初多少緊張しましたが、H君にはリンゴジュースを飲ませ、動物性の肉や油を除いたみそ汁だの梅干しののったふりかけご飯を食べさせ、その横で我々だけ大酒を飲み、いつもの酒の肴で宴会をしています。

 さてH君の語学の天才ぶりには驚かされました。英語、アラビア語、フランス語、スペイン語を流ちょうに話すのですが、何と数時間でひらがなをマスターし、会う度に日本語が通じる様になりました。数週間後に電話をかけて来た時には、日本人からの電話だと間違った程です。一体どういう脳をしているのでしょうか?

 H君とは医学的な話以外にも様々な話をしました。現在の中東、アジアの政治的情勢や歴史など驚くほど精通し、アラブ系英国人医師としての自負、将来に対する若者らしい野心と明確な主張に感心しています。イラクに対するアメリカへの激しい批判は、時にドキリとさせられますが、原理主義ならずとも、イスラム系の人々全般の根底にある感情を知る事が出来ました。それはともかくとして、私から見てやや覇気の無さを感じ、民族や国家に対する観念の薄い同年代の日本の若者にも、是非頑張ってもらいたいと感じています。


 
さて、今月の医療情報はイスラム教に倣って、アルコールを控えお茶を嗜んだほうが健康にいいかも?と言う事で、米国の権威ある医学雑誌で報告された『お茶を飲む事が心臓病の予防に良い!』と言う論文を紹介します。

 ミカンやプロポリスに多く含まれているフラボノイドが、抗酸化作用、抗血小板凝集作用、抗炎症特性を持つ事から、心臓血管病変の危険を減らす可能性が報告されていますが、新たに報告された二つの研究結果において、研究者らがフラボノイドを含むお茶を飲む事と、心筋梗塞の発生との関係を検討しています。

 最初の報告はロッテルダム研究と言われるもので、心筋梗塞の既往のない平均年齢67才の4,807人を対象としたものです。この研究には食事の内容も影響するので、インタビューによるアンケートで一定の基準を満たした食事をとった者を対象として評価しています。

 平均5.6年の追跡の結果、146例に心筋梗塞が発生し、その内116例は生存し、30例が死亡しています。これらの症例を元に、多変量解析という少々難しい統計を用いて、お茶を飲む事がどのように心筋梗塞の発生に関与しているか調べています。この結果、一日375mlのお茶を毎日飲む人の心筋梗塞の発生と死亡率が、全く飲まない人に比べ著しく低い事が分かりました。またあらゆる食品から摂取したフラボノイドの量は、心筋梗塞の発生を減らす事とは関係ありませんでしたが、心筋梗塞による死亡を低下させたと報告しています。

 また、多くの研究機関の参加した米国の研究も興味深いものです。これは1989年から1994年に心筋梗塞で入院した、平均年齢61才の1,900例を対象とした研究です。お茶をどれほど飲んだかという事と、死亡率の関係を平均3.8年追跡して調べたものです。この結果、全くお茶を飲まない人に比べ、1週間に14カップ以下のお茶を飲む人は28%死亡率が低下し、14カップ以上飲む人では44%も死亡率が減ったと言うのです。

 心筋梗塞の予防は、原因となる高血圧、糖尿病、高脂血症等の疾患を薬物治療だけで治療するのではなく、食事を見直し、節酒、禁煙、適切な運動を行う等の生活習慣の改善が重要であるという事は確立された概念ですが、その一方で、代替医療として巨大なマーケットになっているサプリメントやいわゆる「健康食品」には、現在のところ残念ながら科学的エビデンスが乏しいのが現状です。特別に高い料金を払わずとも、日頃我々日本人が口にするお茶に思わぬ効用が認められた事はうれしい事です。お茶が紅茶なのか日本茶なのか中国茶なのか分かりませんが、紅茶組合や静岡お茶組合が知ったらさぞかしお喜びの結果でしょう。

【文献: 
1) Geleijnse JM et al. Inverse association of tea an flavonoid intake with incident myocardial infarction : The Rotterdam Study. Am.J.Clin Nutr 2002 May; 75:880

2) Mukamal KJ et al. Tea consumption and mortality after myocardial infarction. Circulation 2002 May 28; 105:2476】

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