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 第72回 「生活習慣病の予防」

 皆様、明けましておめでとうございます。このチャックさんのホームページには、毎日900件前後のアクセスがあるそうです。私のコラムも無責任にならぬように、少しでも読者の皆様のお役に立つように、新たに心を引き締めお届けする所存です。

 今年も私達のテーマは「運動によって生活習慣病をいかに予防するか!」です。

 世の中には運動好きな人、嫌いな人、運動効果に肯定的な人、疑問を持つ人など様々です。外来で運動を薦めても「私は運動は嫌いですし、時間もありません!」等と寺内貫太郎の様に(一寸古い?)口をへの字にして言い張る御仁がいます。話が先に進まず、気まずい雰囲気が流れます。運動嫌いな人はさておき、学問的にも運動の有害性を示した研究があります。それは運動によって活性酸素が生じ、寿命が縮まるという説です。この理論はハエを用いた実験が根拠になっています。狭い空間で飼い、飛行不能なハエと広いところで飼って長時間飛行するハエとでは、3倍近く運動量の少ないハエが長生きし、羽を取られて運動量が減ったハエも長生きするというものです。

 さて、このハエの実験結果をヒトに当てはめる事が出来るのでしょうか。拘置所の独居房でじっと動かないで食事だけしていると、ヒトは長生きするのでしょうか?サダムさんはどうでしょう?昔“怪人ハエ男”というB級映画がありましたが、ヒトはハエになるのでしょうか?少し論点がずれたので、話を修正しましょう。

 地球上の生物100万種のうち、昆虫は圧倒的に多く3/4を占め77万種であるのに対し、我々哺乳類は4千種に過ぎません。しかしながら哺乳類は昆虫に比べてはるかに複雑な解剖生理であり、行動形態も多彩です。また寿命もはるかに長く、特にヒトは亀にはかないませんが、最も平均寿命が長い生物の一種です。世界の開発途上国の一部では、栄養不良による高い乳児死亡や、HIVを始めとする感染症によって、30歳前後という悲劇的な国がありますが、幸いな事にわが国は世界一の長寿国で、80歳に届きます。わが国や欧米諸国では寿命の長さは癌や高血圧、高脂血症、糖尿病、肥満などの生活習慣病によって規定されており、これらの疾患に対しては、食事療法と運動療法が治療の重要な位置を占めています。

 ハエや働きバチなどの無脊椎動物の実験結果を人に当てはめた理論では、ヒトの長寿結果を説明する事は出来ません。美味い物を食べ過ぎたり、運動不足で小錦のように肥満したハエや、砂糖の取り過ぎで糖尿病になったアリがいれば別ですが、聞いた事はありません。我々哺乳類は心臓から血液が拍出され、血管の中を血液が循環していますが、血管の中に老化物質のカスが溜まると動脈硬化で死に至ります。一方、昆虫は体の隙間を血液がしみ込む様に流れる開放循環であり、動脈硬化は起こりません。また昆虫の血液成分は、哺乳類とは全く異なった成分であり、昆虫の結果を持ってヒトの健康を論じるには無理があります。

 さて、実際に激しいスポーツやストレスの多い競技では、大量の酸素を必要とし、その結果活性酸素も増加します。運動量としては多くないゴルフのパターや、一瞬の隙をつく剣道は突然死する頻度が高いのですが、これは精神的緊張が極度に高まり、血液中の白血球の好中球という成分が活性酸素を発生させ、有害に作用している事が考えられています。またマラソン等の激しい運動では、競技中は血液が筋肉に集中して流れており、走り終わると激しく酷使した筋肉から腎臓、肝臓などの臓器へ血液の流れがシフトして、有害な活性酸素が大量に発生します。この現象が、ゴール後にパッタリ倒れる突然死の原因になっている可能性も考えられており、このような結果が運動有害論の根拠にもなっているようです。

 さて有害とされる活性酸素ですが、ご安心下さい。我々の体内ではSODという酵素が生体の防御機構として働き、活性酸素を分解してくれます。そしてSODの活性と寿命は、比例する事が分かっています。有酸素運動90分間を10週間続けると、このSODは運動をしない人に比べて1.5倍増加するそうです。また活性酸素によって作られる過酸化脂質という毒性物質は、発癌、老化、動脈硬化に関係すると言われていますが、活性酸素を中和するSODが運動によって増加し過酸化脂質の生成を低下してくれます。

 確かに運動は100%安全で有効という訳ではなく、強度や種類によっては危険な事もありますが、そのマイナス面も熟知し、目的に応じた運動をする事が重要です。我々が生活習慣病の予防として行っている、過度に激しくなくストレスの少ない有酸素運動を継続する事は、心肺機能を高め、精神的機能を安定させ、高血圧、糖尿病、高脂血症を改善する科学的な多くの裏付けがあるのです。

 運動否定派の雑音はさておき、今年も運動でよい汗を流しましょう。

【文献:香川靖雄 老化のバイオサイエンス。羊土社 1996】

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