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 第81回 「コエンザイムQ10」

 この季節、区民健診が大詰めを迎えており、毎日お年寄りがクリニックを訪れます。毎度の事ですが、多少の混乱が生じます。胃の検査を受けるお年寄りには、予め看護士から当日は食事をしないで来てくださいと伝えますが、例年何人かは「朝ご飯は抜きましたが、ビスケットを食べてきました。」「ご飯は食べませんでしたがおかずを食べて来ました。」と言う事になります。インフォームドコンセント(説明と同意)は医療で最も大事なキーワードですが、現場ではなかなか大変です。

 先日は長年糖尿病の薬を投与し、一ヶ月に一度、血糖、尿検査を行っている患者さんに区民健診の結果を説明していたところ、患者さんから「先生、私は糖尿病の心配はないでしょうか?最近テレビで糖尿病は恐いと言う話しを聞いたもんで。」と言う質問をされ、開いた口が塞がりませんでした。「エッ!あなたは10年前から立派な糖尿病で今まで納得して治療をお受けになってきた筈ですが。」と言うと、「へェ〜ちいとも知りませんでした。それは大変だ。」とのたまうのです。(ひょっとしてあんた私をおちくっているの?)と言う台詞までが喉まで出かかりました。健診で病気を発見し、熱心に治療の必要性を説明すると、一応真剣な眼差しで聞いてくれて投薬に納得してくれるのですが、実際にはそのままになり、訳の分からない高価な健康食品に頼って受診せず、一年後に病気が増悪している患者さんも少なくありません。私は説明能力が劣っているのでしょうか?医師として無力感にさいなまれる今日この頃です。

 さて、今回の医療情報はコエンザイムQ10(CoQ10)です。最近テレビで紹介されたとかで、多くの患者さんからCoQ10を飲むべきかどうか相談される事が多くなりました。
 まず始めにCoQ10とは一体なんでしょうか?我々の体は生きている限り体内でエネルギーを産生します。車を動かすガソリンの様に、我々の様々な生体活動の直接のエネルギー源はアデノシン三リン酸(ATP)です。
 昔、生物の授業で習ったように、1モルのATPが加水分解と言う化学反応によってアデノシン二リン酸(ADP)となる時、12〜14キロカロリーのエネルギーが発生します。このATPの分解によって生じたADPはそれだけで終わらず、エネルギー栄養源として取り込まれた糖質や脂肪を利用してよみがえり、ATPに再合成されます。すなわち糖質や脂肪、たんぱく質など栄養素はそれぞれ「解糖系」「TCA回路」「電子伝達系」という経路を経て、ATPを作りエネルギーに変換される事になるのです。糖質の場合はブドウ糖として細胞質に入り、解糖系と言う経路を経てピルビン酸になり、このピルビン酸がエネルギー工場とも言えるミトコンドリア内でTCA回路に入り電子を発生させます。発生した電子は、TCA回路と共役する電子伝達系に送られます。電子伝達とは難しい言葉ですが、ミトコンドリアの内膜に電子が伝達されるに伴い、水素イオン(プロトン)が、ミトコンドリアの内膜と外膜の間のスペースに輸送され、この水素イオンの電位差を用いてATPの再合成が行われます。この電子伝達系の末端で酸化還元反応により水が生成されますが、この酸化の過程で大量のATPが合成される事になるのです。
 さて、CoQ10は主役ではありませんが、補酵素として内膜内を自由に動き回り電子を伝達したり、水素イオンを膜間スペースにくみ出すという重要な働きをしており、エネルギー産生になくてはならないものです。
 また、CoQ10は最近アンチエージングの抗酸化物質として注目されています。CoQ10はビタミンCと共に酸化ストレスに敏感な抗酸化物質です。また「若返りビタミン」と言われるビタミンEは、身体の中で様々な条件下で酸化されやすく、本来の抗酸化作用を発揮するにはビタミンCとCoQ10の援護が必要であると考えられています。
 CoQ10は心臓、肝臓、腎臓に多く含まれますが、加齢と共に減少し、心臓のCoQ10濃度は20歳代に比べて40歳になると30%減少すると言われ、体力低下や老化現象の原因と考えられています。CoQ10の豊富な食品は、動脈硬化予防物質のEPAやDHAを魚油に豊富に含むイワシ、サバ、ブリ等です。「人は血管から老いる」と言う有名な言葉があり、老化と動脈硬化を同時に予防するこれらの魚はお勧めです。
 今やサプリメントとしてCoQ10は大流行です。CoQ10は2001年に厚労省が医薬品と食品の区分見直しで食品として認められたのですが、20年以上も前に私は医薬品としてのCoQ10の臨床治験に拘わった事がありました。エーザイという製薬メーカーが、心不全の治療薬として売り出したノイキノンと言う名のCoQ10で、心臓の筋肉の虚血からの保護や不整脈の予防、慢性的に傷んだ心臓筋肉の回復の効果を確かめる為に、動物実験や臨床の場で積極的に使用しましたが、理論上期待された程の効果は得られませんでした。
 現在では、心不全の治療薬としてはあまり使われなくなった過去の薬として認識していたところ、再ブーム到来で驚いています。メーカー各社の宣伝ではCoQ10を飲めば老化が防止でき、心臓病、糖尿病、パーキンソン氏病、アルツハイマー氏病の予防が可能で、男性不妊にも効果があり、運動能力の向上、疲労回復にもお勧めと結構ずくめです。
 あまのじゃくの私は、薬品として売れなくなったので厳密な臨床的証拠(EBM)を必要とされない食品サプリメントとして売り出したのでなければと、余計な心配をしています。抗老化のサプリメントとしてCoQ10を摂るのは良いのですが、でたらめな食生活、喫煙、大量の飲酒、運動不足などの生活習慣を改善せずに、CoQ10に頼っても健康に長生きするとは思えません。

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