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 第82回 「電気的除細動AED」
 先日久しぶりに映画館に行った所、チケット売り場で若い売り子のお姉さんに「シニアの方ですね、1,000円になります。」と言われました。シニアとは60歳以上です。ジーパンにセーターで、思い切りとまではいかないまでも若いつもりでいたのでショックでした。「まだ50代ですけど…」と言おうとしましたが余分な金は払いたくないし、お爺さんに見られるものしゃくだし複雑な心境でした。

 
さて今月の医療情報はACLSです。ACLSはアメリカ心臓協会が始めたAdvanced Cardiopulumonary Life Supportの略です。ACLSの教育は医療に関わる医師、看護師、救急救命士にとって必須のものであり、そのカリキュラムには1) 緊急処置を要する心停止に対する治療、2) 不整脈の初期治療、3) 脳梗塞、急性冠症候群の初期治療が含まれています。ACLSの対象疾患は時間との勝負であり、最初の10分間の対応が極めて重要です。一般の人から見ると医療関係者なら誰でもACLSの実行が可能と思われがちですが、医者や看護師でも救急医、循環器、脳外科専門医は素早い適切な対応が可能ですが、日頃これらの患者に遭遇する機会の少ない耳鼻科、皮膚科、眼科、精神科等の先生方やスタッフが目の前で生じた心停止に素早く対応できるか疑問もあります。このため最近では全ての医療関係者(病院職員、一般開業医)を対象に、学会や医師会を中心にACLSのコースを受講する事が薦められています。

 一方、突然の心肺停止は医療施設外で生じることが多く、一般の人が目の前で倒れた人をどうして良いか判らず、助けられる可能性のある人を初期治療の遅れの為に亡くならせる事が問題となってきました。
 数年前にある宮様が、スカッシュの最中に心室細動(心停止)を生じてお亡くなりになる不幸な出来事がありました。学校の年中行事の校内マラソンやゴルフ場での突然の心停止のニュースも時々目にしますし、新幹線や飛行機などの交通機関内での心停止事故も珍しい話ではありません。このような状況下では必ずしも医療関係者が現場にいるとは限らず、救急車を呼んで病院に着いてからの蘇生処置では、あとの祭りに終わってしまいます。このような状況下で居合わせた人がACLSの知識を持っていれば救命の可能性が増します。

 ACLSでは次のアプローチで救命処置が行われます。すなわち突然の意識消失、心肺停止の状況下ではまず意識レベルの評価を行い、空気が肺に入っているかどうかの確認をして気道の確保を行います。ついで脈を確認し、脈が触れなければ胸部の圧迫人工呼吸を開始します。心停止状態は心室細動であることが多く、早い時期に心室細動であることを確認して、電気的除細動を行えば救命が可能な場合も多いと思われます。幸いな事に気道の確保や人工呼吸法は、防災などの催しの中でわが国でも次第に普及してきましたが、電気的除細動は不整脈に対する深い専門性が要求され、施行に際してリスクを負うのではないかと危惧や法律的な規制もあり、医師以外での実行は従来不可能でした。

 心筋梗塞がわが国の5倍以上にもなる米国では心臓発作心停止も多く、2002年には342,000人を超える人が心臓発作で亡くなっています。一方、わが国では医療施設外での心肺停止例が年間8万例あり、その半数が心臓突然死と考えられています。そしてその7〜8割が心室細動であり素早い電気的除細動が唯一の救命手段です。

 電気的な除細動は、AED(Automated External Defibrillator 自動体外式除細動器)という機械で行われますが、一般市民が使用可能なようにプログラムされた持ち運びできるコンパクトな除細動装置です。患者さんの着衣をはだけて胸を露出させて、機械に図示してある通りに電極パットを貼り付けると、自動的に機械が心電図を解析します。心室細動と判定すると機械が「除細動が必要です。患者さんから離れてAEDのボタンを押して下さい」と音声で指示します。心電図の知識がない素人でもボタンを押すだけでよいのです。

 米国では2000年10月にAEDを全国に普及させる具体的な法案が議会を通過し、2005年までに全ての国内、国際線の飛行機にAEDの配備を義務付ける他、空港、カジノ、一般企業等に配備するように普及予算として2500万ドルが計上されています。実際にその成果として、シカゴの飛行場でたまたま居合わせた一般人が、AEDを用いて心肺停止の61%を救命できたという報告や、ラスベガスのカジノでも高い救命率が記録されています。AEDを用いた除細動は心停止後3分から5分以内に行わなければならない為に、現場に居合わせた人が直ちに行う必要があります。

 わが国でも平成15年の法改正で航空機の乗務員、救急車の救急救命士、条件付きで医療従事者以外の一般人がAED使用が可能になりました。消防士、警察官、交通機関の乗務員のほか体育教師、ジムのトレーナー、ゴルフ場のキャディなど、突然の心停止事故に遭遇する可能性のある職種の人がAEDのセミナーを受講し、認定を受ければ実施が可能です。

 最近の地震などの災害があると病院も潰れてしまい、AEDを幅広く設置する必要があります。役所、学校、銀行、交番や24時間開いているコンビニエンスストアなどへの設置が望まれます。備えあれば憂いなしですが、私のクリニックでは15年前の開設時よりAEDを設置しています。幸いな事に今までの所一度も出番がありませんでした。災難は何時やってくるかも知れません。多くの人がAEDの講習を受ける事をお勧めします。

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