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 第83回 「尿路結石」

 最近、10年近くクリニックに通っておられるIさんから、一度ワインなど飲みながらゆっくりお話をしたいとのお誘いを受けました。患者さんのプライバシーにあまり踏み込まない事にしているので、どのようなお仕事をなさっているのか知りません。Iさんは80過ぎの紳士ですが眼光鋭く背筋がピシッと伸びて、なんとなく只者ではない雰囲気です。ワインの酔いが回り口も滑らかになった頃、Iさんの昔話になりました。Iさんは帝大の法学部に在学中に学徒出陣で海軍に入ったのですが、一番安全だろうと思って志望していた主計将校でなく危険な航空隊に配属され、抜群の運動神経と判断力等の能力を評価されて、パイロットになってしまったそうです。皮肉な事に安全だったはずの主計将校の友人達は、ほとんど軍艦や輸送船と共に「みずくかばね」となり、様々な修羅場をくぐり抜けた自分が生きているのは不思議だとおっしゃいます。

 戦時中に彗星というロマンティックな名前の艦上爆撃機がありました。航空母艦がほとんど撃沈され実際には陸上爆撃機でしたが、流線型の美しい飛行機です。この彗星は特攻機として多く用いられました。Iさんはこの彗星のパイロットだったのです。連合艦隊の参謀長として山本五十六長官を補佐した後に、陸海軍特攻戦の総指揮を取った宇垣中将が敗戦の責任を取り、終戦の日8月15日に部下と共に同乗し最後の特攻に出撃したのも彗星です。Iさんは翌日出撃予定で終戦になり、色々な顛末で無事復員したわけですが、戦後は元々好きな音楽を勉強され作曲家になって、今でも音楽関係の仕事を精力的になさっています。まさに人に歴史ありで、劇的なIさんのお話を聞きながら昔の小学唱歌の“冬の夜”という歌を思い出しました。

 囲炉裏のはたに縄なう父は、過ぎしいくさの手柄を語る。
 居並ぶ子供は眠さを忘れて耳を傾け、こぶしを握る。
 囲炉裏火はと〜ろと〜ろ、外はふぶき。

 おいしいワインと心ときめくお話の楽しい夜でした。

 さて今回の医療情報は、健康診断で血尿と言われX線写真で石が3つ発見されたNさんからのご質問にお答えします。胃痛のような痛みを訴えたにも拘らず、特別な治療はされず水分の補給を指示されているようです。石の位置が右中央、左胸付近、骨盤の三個という事です。

 腎臓、尿管、膀胱内にできた石を尿路結石と言います。Nさんの石は左右の腎臓と膀胱内に一個ずつあるようです。骨盤内の石は男性では前立腺結石の可能性もあります。尿路結石の約80%はカルシウムで主にシュウ酸カルシウムからなり、5%が尿酸、2%はシスチン、残りがリン酸マグネシウムです。

 治療法は保存治療と侵襲的治療があり、保存治療はNさんが指導されたように水分を大量に(3L/日以上)とって、尿道から石を押し出す事になります。尿管に石が引っかかっている場合には、多量の水分補給で尿管の蠕動運動が亢進して、石が尿管から膀胱内に落ち易くなります。6〜9mmの小さな石は3ヶ月以内に膀胱内に落ちて、尿道から排尿時にポトリと便器に出る可能性があります。出てきた石は病院に持って行くと分析をしてくれます。どの種類の石か知っておくと再発予防に役立ちます。自然排出を目的としてウロカルン、コスパノン、利尿剤などの薬物が用いられる事もあります。

 尿路結石の主症状は血尿と腹痛です。特に尿路結石は激痛で患者さんは七転八倒の苦しみを訴えます。痛みがある時は尿管拡張作用薬と消炎鎮痛剤が用いられます。X線に写り難い尿酸結石やシスチン結石は、超音波検査や腎盂尿管造影検査で診断されますが、これらの石は尿が酸性になった時に出来易く、尿をアルカリ化する薬を飲むと溶解します。また女性に多く尿路感染が原因で石が成長するリン酸マグネシウム結石は、尿を酸性にする事で溶解する可能性があります。

 尿路結石は5年再発率が40%と高く、予防が重要です。最も大切なことは尿中のカルシウムなどのミネラル濃度を低くし、尿の過飽和状態を改善する為の十分な水の摂取です。一番多い石はシュウ酸カルシウムで、カルシウムの摂取は一見良くないように思えますが、この石の原因として最も重要なのは尿中のシュウ酸の量である事がわかってきました。カルシウムを多く取ると腸の中でシュウ酸と結合し大便に出てしまい、その分シュウ酸の尿中に排出する量が減り結石が出来難くなるという訳です。またシュウ酸はほうれん草などの野菜に多く含まれているので取り過ぎに注意する事も重要です。

 侵襲的治療は以前は開腹手術が行われていましたが、現在は体外衝撃波結石破砕術(ESWL)と内視鏡的破砕術(PNL)が主体となっています。結石が0.5〜1cm以上の大きさで自然排出が困難で、尿の流れが石によりせき止められて水腎症になる可能性がある時や、疼痛発作が強い時に行われます。

 さてNさんの場合石の大きさの情報が無いので正確にコメントできませんが、あまり自覚症状がない場合には定期的に検尿、超音波検査を受けて石の大きさ、位置、腎臓の状態を診てもらい、十分な水分摂取を続けると良いでしょう。痛みがある場合は薬物治療をはじめとした治療が必要になるかもしれません。

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