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 第75回 「ガン検診」

 外来でよく分からない質問に悩まされる事があります。先日、若い女性が心配そうな顔でやって来ました。聞いてみると週末にピクニックに行き、お弁当のベーコンサンドを食べようとしたところ、空からトンビがヒューと舞い降りてベーコンを持っていったそうです。その際、爪かクチバシが手に触れたのでトリインフルエンザの心配はないだろうか?と言うのです。

 トンビにアブラゲは聞いた事がありますが、ベーコンは聞いた事がなく正直言ってよく分からない話で「本当にトンビだったの?以前新宿御苑でハゲ頭をカラスに突付かれて怪我をした患者が来たけど、カラスじゃないの?」等とお茶を濁していましたが、心配顔の娘さんは「いいえ確かにトンビです。高い空でピーヒョロ鳴いていたのが突然襲ってきたんです。」と言い張ります。「インフルエンザの季節も終わったので、取りあえず心配ないでしょう。」と無責任な返事をする他ありませんでした。

 ところで患者さんの中に、明治42年の酉年生まれでトリという名の名物婆さんがいます。「彼女がインフルエンザにかかったら、トリインフルエンザだね。」と、皆が目が回るほど忙しい最中にいつもの高級なジョークをかましたら看護婦連に完全無視され、シラーとした雰囲気が流れていました。

 さて今月の医療情報はガン検診についてお話します。

 
長引く不況で市民、区民の自治体ガン検診が、従来の無料から受診者の一部負担となる所が出てきました。わが国の福祉行政が後向きになりつつあり、残念な事です。最近では自己負担で1回15〜20万円もかかるPETスキャン等の高額な最新機器による検査を受ける人もいますが、経済的負担が少なく比較的簡便な自治体のガン検診は、多くの国民から信頼され多くの人が受診しています。

 さてこのガン検診が最近財政面からだけでなく、有効性の面から再検討されつつあります。すなわち実際に検診でどの程度「癌」を発見出来、その結果、癌死亡者を減らしているか?という議論です。米国やカナダでは早くからガン検診の有効性の研究が行われ、必ずしも全ての種類のガン検診が有効ではない事が分かってきました。日本でも厚生省の主導で、各臓器のガン検診に関して有効性を、有効、保留、無効の3項目で評価判定しています。その結果有効とされたのは次の6項目でした。

 1)胃X線検査
 2)子宮頸部の細胞診(スメアー法
 3)乳房の視触診+マンモグラフィー
 4)肺の胸部X線+喀痰細胞診
 5)大腸便潜血検査
 6)肝臓の肝炎ウィルス検査 

 少し前になりますが「ガンと戦うな」と言う本が世に出て、大いに世間を惑わせましたが、最近ではA新聞が乳がんに関するキャンペーンをはり、マンモグラフィー以外は診断価値がない印象を世間に与え、若い人まで検査に殺到したそうです。ガンは全ての人にとっての心配事ですから、刺激的なメッセージでパニックが起こります。乳がんについて見ますと、触診も超音波検査も専門的に熟達した検者が行わないと診断率が確かに低下しますが、最も重要なのは風呂上りなどに定期的に行う適切に指導された自己検診です。マンモグラフィーは診断精度の高い検査ですが、乳房を絞るように圧迫してX線撮影を行うため痛みを伴います。特に乳房が小さい婦人では大変です。また閉経以降では診断率が高いのですが、大きな乳房で脂肪が多い人や若い人で乳腺組織が密な状態では、ガンの存在を示すカルシウムの沈着が見つかり難い場合もあり、負担や苦痛のない超音波検査が有効な事もあります。ガイドラインに従いそれぞれを組み合わせた検査が行われるべきと思います。

 胃癌に関してはX線検査に代わり、血液検査のペプシノーゲン検査でガン検診を代用する企業や自治体の健診が出てきました。ペプシノーゲン検査は胃粘膜の萎縮性胃炎という病態をキャッチする検査ですが、萎縮性胃炎は早期胃癌の前駆状態となる事があり、ガン検診に利用されます。健診バスで行われる間接胃透視X線検査よりも、胃癌の発見率が優れているという報告もあります。しかしながら厚生省のガン検診有効性評価では、ペプシノーゲン検査は現時点では根拠の質が乏しく評価判定は保留となっています。この点、逐年の医療施設で行われる直接胃透視X線検査は有効性が確認されています。経済的に安く上がるからとして、胃がん検診をペプシノーゲン検査のみに置き換えるのは問題があります。ペプシノーゲン検査はあくまでもスクリーニングとして補助的に行い、直接胃透視X線検査を胃ガン検診として優先させるべきと考えます。

 最近増加している大腸癌に関しては、便潜血検査が行われます。この検査は苦痛を伴わず簡便です。この便潜血検査を毎年受けている人は、受けない人に比べ、大腸癌で亡くなる危険性が40%も低くなると言われています。痔から明らかに出血している人では信頼性が低下しますが、優れたガン検診手段です。私達の施設でも便潜血陽性者にバリウム注腸X線検査、大腸内視鏡検査を行い、大腸ポリープ、大腸癌が診断された方が少なくありません。

 子宮頸部の癌に対する細胞診検査は、ガン診断率が99%と信頼性が高く有効な検査です。30歳を超えたらおっくうがらずに、年に一度は受けると良いでしょう。

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