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 第95回 「タミフル」

 このシーズンになるとインフルエンザのワクチン投与の為、多くの人が外来を訪れます。今年は、タイや中国で鳥インフルエンザが発生し、人にうつると感染者の半数が死亡すると言われる新型インフルエンザの話題もマスコミを賑わせています。インフルエンザで世界中の人々が死に絶える30年前の小松左京のベストセラー小説「復活の日」を思い出す今日この頃です。

 さて、今回の医療情報はそのインフルエンザに関する論文の紹介です。これは皆さんもよく耳にする、インフルエンザの特効薬とされるタミフルに関するNatureと言う雑誌の2005年10月20号で発表された論文です。

 鳥インフルエンザのウィルスであるH5NIウィルスが、今アジアからヨーロッパに広がっています。この鳥インフルエンザは、養鶏場で一羽でも感染すると全ての鶏を屠殺処分しなければならない為に、世界中の養鶏業者にとって大変な心配事となっていますが、より深刻な問題はこのウィルスが変異する可能性があり、変異したウィルスが容易に人に感染し、さらに人から人へ感染拡大する可能性がある事です。

 感染症の世界的流行をパンデミックと言いますが、H5NIがパンデミックになる事を防ぐ手だては、ワクチン投与と抗ウィルス薬の投与しかありません。ただし、ワクチンはインフルエンザが流行して後6ヶ月経ってからしか、そのターゲットになるワクチンが製造されないので間に合わず、もし新型インフルエンザが登場した場合は、抗ウィルス剤のみが武器となります。現在のところ、試験管内では殆どのH5NI分離株が抗ウィルス剤のタミフルに感受性を持ち有効であるとされ、この結果が多くの国々でタミフルをストックするよう努めている根拠となっています。

 タミフル(oseltamivir)はスイスのRosheと言う製薬メーカーの製品です。現在フル稼働でタミフルを製造しているそうですが、世界中の要求にはとても追いつけません。危機管理の乏しい日本の現状はよく分りませんが、英国では人口の20%以上の治療を可能にするに十分な量が確保されていますし、ヨーロッパではスペイン風邪の教訓から、各家庭に家族分の常備薬としてタミフルが行き渡っているそうです。一方Rosheとライセンス契約の無い台湾などのアジアの国々では、自国でのタミフル製造に踏み切っています。そのうちタミフルをめぐって国際密輸団が暗躍したり、国際紛争になるかも知れません。今や人類にとって救世主の感さえあるタミフルですが、それに水を差す話もあります。

 インフルエンザのウィルスは容易に変異する事が知られていますが、H5NIが鳥から人に感染した場合、薬物に対する耐性が急速に進展してタミフルが効かず、大流行する心配が出てきました。実際に14歳のベトナムの少女がH5NIに感染した際に3日間タミフルが投与されたのですが、ウィルスがタミフルに対する耐性を獲得してしまった事を治療に参加した国際医療チームが報告しています。幸いな事にこの少女は回復しましたが、実験的に哺乳動物のフェレット(イタチの一種)が耐性ウィルスによって感染されたとき、タミフルは無効であり、「新型インフルエンザにはタミフルは効かない。」と、一部の専門家は明言しています。細菌やウィルスと抗生物質や抗ウィルス剤との戦いはまさにイタチごっこの感があります。

 タミフルに耐性を持つウィルスに対しては、もう一つの抗ウィルス剤であるリレンザが有効だったとの話がせめてもの救いですが、これも試験管内や動物実験上の話です。新型殺人ウィルスに対しては休養、栄養を十分とり、うがい、手洗いを励行し、やたらに人込みに出ない事で対抗するしかないようです。あとは国民が選んだ“偉大なる小泉さん”の危機管理の手腕に期待しましょう。

【文献: LeQM et al.Isolation of drug-resistant H5NI virus.Nature 2005 Oct 20;437:1108】

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