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 第87回 「パワーリハビリテーション

 最近嬉しい事がありました。以前かかっておられた診療所が閉院になり、私達のクリニックを受診されたYさん夫婦の話です。87歳を超えたご主人のYさんは、娘さんの引く車椅子に乗ってやって来ましたが、かなり弱っており寝たきり寸前です。

 手足の痛みを弱々しい声で訴えていましたが、私はまだまだ彼の目に余力を見出しました。奥さんの話では、戦争中は機関銃を担いで野山を駆け、魚雷攻撃で沈没した船から長時間泳いで助かったという強靭な体力と精神力の持ち主だったらしいのです。働き詰めの仕事も一段落しさしたる目標も無くなり、よる年波に次第に気力体力が衰えていたようです。ご家族も半ば諦めのようで、寝たきり前の健康チェックという感じでした。私は彼が心肺機能に問題なく、整形外科的にもあまり障害なしと判断し、最近クリニックで始めたパワーリハビリテーションへの参加を勧めてみました。

 理学療法士のIさんに慎重に運動体力評価をしてもらい、とりあえず車椅子ではなく、自ら徒歩で私の診察を受診する事を目標にリハビリがスタートしました。そして驚いた事に数週間後、Yさんは壁につたわりながらではありますが、私の診察室に歩いてやって来たのです。茶碗も持てない程度だった両腕も力強くなり「このとおりです。」と嬉しそうに私の手を強く握り締めてくれました。まさに私が求めているパワーリハビリの勝利者です。

 そこで今月の医療情報はパワーリハビリについてお話しします。

 介護保険が始まって4年が経ちますが、当初の予想より利用者が急増し、厚生労働省は給付制度の見直しを余儀なくされています。利用者の中には全く元気で、買い物や掃除が面倒だから支援を要求するような問題の人もいますが、人口の急激な高齢化に伴い、前述したYさんのように寝たきり寸前の人や廃用症候群と呼ばれる寝たきりとなった人も増加傾向にあり、現在240万人の方は在宅介護サービスを受けています。こうした状況の中で、寝たきり老人を作らない予防介護の手段の一つとしてパワーリハビリが提唱されました。

 お年寄りだけでなく、中年の人でも生活習慣病のなれの果てである脳卒中による麻痺を生じた人や、先ごろ亡くなられたローマ法王の持病でもあったパーキンソン氏病などの神経疾患も、活動性が低下する為にパワーリハビリの対象になります。

 現在、市町村の自治体の健康センター、介護老人保健施設、各医療機関のリハビリセンターを中心にパワーリハビリが普及しつつあります。老化や脳神経疾患によって活動性が低下すると、周囲の環境変化にとっさに反応できず、機敏に動けなかったり、つまづきやすくなったり、指先の細かい作業がしにくくなり物を落としやすくなったり、各関節の可動域が狭まり柔軟性が無くなるといった現象が起こってきます。これらは単に上下肢の筋力が低下した為に起こったのではなく、神経系と筋肉との協調運動全体の問題であり、漠然と筋力トレーニングをするだけでは効果はありません。普段使われなくなった神経システムの活性化をもたらすバランス感覚の回復も含めた、動作性の改善が目標となります。

 パワーリハビリを受ける人は高齢の人が多く、心肺機能の予備能力を含め、広い意味での体力が低下している為に一般の筋肉トレーニングとは異なり、実施する前に慎重に機能評価を行う事が重要です。そのため事前の評価項目として下期の体力測定を行います。

(1)身長、体重 (2)血圧、心拍数 (3)握力 (4)開眼片足立ち:静的バランス能力を見るため片足立ち保持時間を測定する (5)ファンクショナルリーチ:動的バランス能力を見るため立位で90度に腕を挙げ、どれだけ遠くまで腕を伸ばせるかの測定 (6)体前屈:柔軟性能力で椅子に座って両足を伸ばし、前屈して両手がどれぐらい伸びるか測定する (7)落下棒テスト:敏捷性能力で長い棒を縦に落下させ、どのくらいの時間で握れるかの測定 (8)Timed Up&Go:総合的移動能力で、椅子から立ち上がって3mの距離を往復し、椅子に座るまでの時間測定 (9)2分間足踏みテスト:2分間に何回足踏みできるか回数の測定 (10)6分間歩行:持久力で6分間に何メートル歩けるか測定、などの結果を総合的に判定し、個々の能力にあったプログラムを理学療法士が作成します。

 また、パワーリハビリの効果が実生活にどのように反映されるかを食事、入浴、歩行、階段昇降、排泄などの項目に渡りADL(Activities of Daily Living)と呼ばれる日常生活の行動評価を用いて、リハビリ前後にきちんと検討する事も重要です。

 リハビリ前にケガ防止の入念な準備体操、ストレッチを行い、いよいよスタートですが、何度も強調するようにパワーリハビリは筋力トレーニングではなく、筋肉や関節を動かしやすくし、活動性の回復を期待するものです。マシントレーニングは楽に動かせる軽い重さから、ゆっくりした動作で往復ともに2〜4秒かけて動かします。マシンの負荷は痛みが無く動かせる範囲に調節し、決して無理をさせず3ヶ月程度かけて少しずつ増やしていきます。

 マシンは施設パワーリハビリの場合上下肢、体幹に関する6機種が基本となり、動作時の姿勢の保持に重要な肩甲骨周囲筋、背中の姿勢保持筋、動作時の姿勢保持と下肢運動の安定化の為の骨盤周囲の筋、正常歩行を得る為の下肢の筋の再活性化を図るマシントレーニングが行われます。

 リハビリ終了後は十分なストレッチを行い、痛みを残したり過度な筋肉疲労を起こさないように入念な整理体操が行われます。運動を行う事により人は達成感、爽快感を得る事により肉体的のみならず精神的にも大いなるプラス効果を得る事が出来ます。

 寝たきり寸前の老人も、パワーリハビリによって動作性の改善が得られるだけでなく、喪失していた肉体、精神の自信が回復し積極性が増し、より自立しようとする効果が得られる事を私も経験しました。家族の負担も減り、家中が明るくなったと言われ嬉しくなりました。

【参考文献】 パワーリハビリガイドブック、パワーリハビリテーション研究会編集:医歯薬出版、2004

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