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 第1回 「挫滅症候群」

 皆様、はじめまして。

 私は新宿でクリニックを開業している医師の弘岡泰正と申します。チャック氏と2年前より、高血圧、肥満、糖尿病等の生活習慣病に対する運動療法に取り組んできました。その一貫として1ヶ月おきに、これらの患者さんを対象に二人で講演会を行なっています。この度、私がこのホームページで、毎月、その講演のエッセンスをお伝えする欄を担当することになりました。

 運動の健康に及ぼすよい効果のお話はおいおいすることにしまして、第1回目の今回は、新年早々少し恐い話で恐縮ですが、最近経験しました運動による傷害の話を中心に述べたいと思います。

 スポーツによる骨格筋の傷害には野球、サッカー、陸上競技などで生じる、各種骨折、捻挫等の靭帯損傷、肉ばなれと言われる筋繊維の断裂、アキレス腱断裂等の腱の傷害がよく知られています。これらの傷害は運動の指導者、トレーナー、医療関係者もよく知っており、比較的に早い時期に治療の対象となり、頚椎損傷、頭蓋骨の損傷などを除き、選手生命があやうくなることはあるものの、適切な治療が行なわれれば実際の生命そのものが危険にさらされる事は少ないように思われます。一方、あまり知られてはいませんが、死亡率の高い、筋肉の損傷に挫滅症候群(CRUSH SYNDROME)という疾患があります。これは比較的まれな病態で、運動との関連では医学の教科書にもあまりとりあげられていません。私はこの貴重な症例を2例経験しましたので、お話ししたいと思います。1例目は15年ほど前の症例です。20歳の男子学生で、夏の暑いさかりに長距離のランニングをした後に下肢がパンパンに腫れ上がり、痛みで動けなくなり、自宅で養生していましたが、血のような小便が続き、ついには無尿となり病院に運ばれてきました。急性腎不全の診断で血液透析が緊急で行なわれましたが、効なくあっけなく亡くなってしまいました。2例目は3週間前に経験しました。

 30代の男性で、空手の練習で腕立て伏せを数百回やったあとに両上肢が腫れ上がり、痛みで腕が上がらず、茶褐色の尿が出るといって来院しました。私は昔の苦い経験から、挫滅症候群を疑い、早速血液検査を行ないました。

 その結果、筋肉由来の酸素GOT、CPKが正常値の20倍、ミオグロブリンという物質が正常では40ng/ml以下のところ、7230ng/mlという高値を示しました。このミオグロブリンが腎臓の尿細管につまり、腎不全を起こし、破壊された筋肉からカリウムが大量に血液中に出てきて、心臓停止の危険があったため、緊急入院して頂き、適切な治療により一命をとりとめました。

 この挫滅症候群は1940年のロンドン大空襲の際に、外傷により骨格筋が圧挫された負傷者が腎不全で亡くなることが注目され、その後戦争、地震などの負傷者の治療で多くの知見が積み重ねられてきました。我が国ではあまり馴染みがなかったのですが、あの阪神大震災で多くの被災者が挫滅症候群で亡くなり注目されました。四肢の筋肉が比較的長時間持続的に圧迫を受けるような損傷(通常は開放創ではない)をCrush injuryと呼び、その結果生じる代謝性アシドーシス、ミオグロビン血症、腎不全などの全身的な症状をCRUSH SYNDROME挫滅症候群といいます。極めて死亡率が高い重篤な疾患です。原因の多くは先に述べたように災害の外傷によるものですが、ごくまれに私が経験したような過激なスポーツの後にも起こりうることを注意すべきと思います。

 体育会系のしごきで血の小便が出るまで鍛えるという話や、筋肉が壊れるぐらいまで無理をして体をつくるという話も聞きますが、こういう恐い状態も起こり得るということを運動の実践者、指導者に知って頂きたいと思います。

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