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 第2回 「運動の効用」

 前回は過激な運動による少々こわい話をしましたが、今回は運動の効用についてお話し致します。

 運動と健康との関係について、昔、ロンドンの2階建てバスの車掌が運転手よりも丈夫で長生きするという事実から、座りっぱなしで、運動量が少ない割にはストレスの多い運転手に比べ、2階を数限りなく昇降し車内を歩き回る運動量の多い車掌の方が、より健康的であったということがわかり、以後健康の効用が学問的に系統立てて研究されて来たという歴史があります。その結果今日では、規則的な運動があらゆる原因による死亡を減らし、狭心症、心筋梗塞などの心臓病、高血圧、肥満、糖尿病などの生活習慣病のリスクを下げることが広く知られています。

 一方、死亡率が最も多い発癌に対する運動の効用に関しては、未だ明確ではありません。遺伝的に癌家系であったり、既に確認されている発癌物質に常に侵されている場合の発癌に関しては多くの報告があり、皆さんもよくご存じのことと思います。運動をしている人が果たして癌に罹りにくいのか?ということになると、有名な元運動選手が新聞の死亡記事で癌死と報告されていることも少なくなく、身の回りを見てもゴルフに精を出している知人が急に痩せてきて膵臓癌で手遅れだった、というような事も時々耳にする話で、正直に言ってあまり実感できないのではないかと思います。

 しかしながら最近、運動の癌予防効果について、大腸癌、乳癌に関していくつかの論文が報告されています。大腸癌に関しては運動により便通がよくなり、肥満が解消されることがその発生率を減少させ、乳癌では、運動によるインスリン抵抗性の改善、内因性エストロゲン濃度の低下、またホルモンの分泌が規則的となり、妊娠しやすくなること(未出産女性で乳癌の発生率が高いという報告がある)が関与するのではないかと考えられています。

 規則的な運動が癌の予防に本当に役立つのかという問題は、大規模な長期に渡るきちんとした統計学的処理による研究が必要ですが、食事、喫煙、飲酒習慣、職業における運動量の相違、生活習慣病など他の疾患の有無、などの様々な因子を除外しなければならず正確な結果を出すのは難しいようです。

 ところで、本年1月の New England Journal of Medicine という米国の権威ある医学雑誌に「非喫煙者の退職した高齢者の死亡率に対するウォーキングの効果」という興味深い論文が報告されました。

 61才から81才の707人の日系ハワイ米国人の退職者男性で、非喫煙者を対象として、一日のウォーキングが1.6km以下、3.2km以上、その中間の3グループに分けて12年間フォロウアップした結果、208人が死亡し、内訳は心筋梗塞によるもの33名、脳卒中19名、癌死68名、その他88名となっています。

 この内、1.6km以下の少ない運動量のグループの死亡率が3.2km以上歩いているグループに比べて明らかに高いことがわかりました(43.1%対21.5%)。

 また疾患別に見ますと心筋梗塞、脳卒中では統計学的有意差はないものの1.6km以下のグループでは6.6%の死亡率に対し、3.2km以上のグループでは2.1%と少ない死亡率になっています。

 注目すべきは癌による死亡率で、運動量の少ないグループは、歩行距離が多く、一日3.2km以上歩いているグループの5.3%に対して13.4%と、統計学的に明らかな有意差のある高い死亡率を示しました。

 この結果から考えられることは、それほど激しくなくても規則的な運動を長期に渡って続けることが、何らか癌に対する予防効果をもたらすかも知れないということと、積極的に十分な運動を日常生活に取り入れている人は、数字では現われませんが、食事をはじめとして自分の健康に注意し、健康診断をまめに受け、疾患の早期予防に努めているのではないかと思われることです。

 定期的な運動を持続することが、単に肉体を鍛えるだけでなく、ライフスタイル全般を見直す力となり、健康で長生きし、有意義な人生を送る一助となるのでないかと言えそうです。

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