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 第7回 「血圧 Vol.3」

 これまでのシリーズで血圧のメカニズム、血圧測定法、高血圧の総論的なことを述べてきました。今回は、前回予告しましたように、昨年発表されました米国の新しい高血圧の治療指針である高血圧の予防、発見、診断及び治療に関する米国合同委員会第6次報告(通常JNC−VIと言っています)についてお話ししたいと思います。

 わが国では学問の進歩に沿って定期的に治療指針が出されることが少なく、高血圧に関しては8年前に厚生省の肝いりで治療指針が出されたままですし、高脂血症に関しても、つい最近日本動脈硬化学会の指針が出されるまで、欧米のデータを参考に各医療機関でまちまちに治療が行なわれていたという、お寒い現状でした。果たして適切な治療が行なわれていたのか?薬漬け治療ではないのかといった問いかけに対しても我々医療者側から統一した明確な反論は出来ず、「我が国の寿命は世界一だから我々の行なっている治療法は間違っていない」といったはなはだ説得力にかける返事がでてくる始末です。今後、我が国でも世界の模範となる科学的裏付けのある、時代に即した治療指針が出されることを期待したいと思います。

 さて、今回ご紹介するJNC−VIは多くの研究者の合意(Consensus)と証拠に基づく(Evidence-base Medicine)無作為割付臨床試験という3年から5年の観察期間の調査による研究報告です。70頁にも及ぶこの報告書は4〜5年毎に改定され、世界中の高血圧を扱う医者にとって、重要なガイドラインとなっています。

 JNC−VIは4章からなっています。第1章の序論で1976年から1980年、1988年から1991年、1991年から1994年の3期について米国民の高血圧の自覚率、治療率、治療目標達成率を見ると、1970年代後半から1990年前後にかけて、いずれも国をあげての啓蒙活動が効を奏し著明に上昇していますが、1990年代に入り、それらはいずれも低下傾向を示しています。また、高血圧による心臓、脳血管合併症の推移を見ると、脳卒中や心筋梗塞による死亡率が1990年まで低下し続けていましたが、1990年以降はやや横這いに近く、高血圧性の心不全及び末期腎不全患者はむしろ著しい増加が認められています。

 次々新しい降圧剤が開発され、科学的な予防法が研究されていうにも関わらず、時代に逆行した結果が出たことで、米国の専門家は深刻にその結果を受けとめ、科学的にその原因と対策を模索しています。
人口の高齢化はその大きな原因の一つですが、より一層の高血圧に対する啓蒙活動が必要であると考えられています。

 第2章では高血圧の測定と臨床評価が述べられています。18才以上の成人の血圧の分類を<表1>に示します。この中で「至適血圧」という項目が設けられ、120/80mmHg未満としています。また正常血圧は130/85mmHg未満であり、高血圧をstage1、2、3の3群に分類しています。さて至適血圧という言葉は余りなじみがなくちょっと分かりにくいのですが、疫学的に治療をしていない状態で最も心臓血管系の合併症が少ないレヴェルを示したもので、治療よりも予防の観点から設定されたようです。従来の高血圧の基準と混乱があるといけないのですが、高血圧に対する降圧療法の治療目標は従来通りで140/90mmHg未満となっています。

<表1 18歳以上の成人における血圧分類>

分 類

収縮期血圧(mmHg) 拡張期血圧(mmHg)

至適血圧

<120 and <80

正 常

<130 and <85

正常高値

130〜139 or 85〜89

高血圧

stage 1

140〜159 or 90〜99

stage 2

160〜179 or 100〜109

stage 3

≧180 or ≧110


 また、家庭での血圧測定、携帯型血圧測定(24時間血圧)をどう評価するするかということにも言及しています。家庭血圧は診察室で測定された血圧よりも低いため、135/85mmHg以上は高血圧と見なすべきであるとしています。また24時間血圧に関しては、覚醒時135/85mmHg未満、睡眠時125/85mmHg未満を正常値としています。

<表2 リスクの層別分類と治療法※1>

血圧のstage
(mmHg)

リスクグループA
リスクファクターなし
TOD/CCD※2なし

リスクグループB
リスクファクター
1つ以上但し
糖尿病は含まず 
TOD/CCDなし 

リスクグループC
TOD/CCD and/or
糖尿病その他の
リスクファクター
の有無に拘わらず

正常高値
(130〜139/
85〜89mmHg)

ライフスタイル修正

ライフスタイル修正

薬物療法※4

stage 1
(140〜159/
90〜99mmHg

ライフスタイル
修正
(12ケ月まで)

ライフスタイル
修正※3
(6ケ月まで)

薬物療法

stage 2,3
(≧160/
≧100mmHg)

薬物療法

薬物療法

薬物療法

 ※1 ライフスタイル修正は薬物療法の対象となる患者でも補助的治療として実施する。
 ※2 TOD/CCD=標的臓器(脳、心臓、腎臓、大動脈)障害/心血管疾患
 ※3 他の危険因子が複数認められる場合は、最初からライフスタイル修正と薬物療法を併用してもよい。
 ※4 心不全か腎障害または糖尿病を合併している症例。

 このほかJNCーVIでは心血管疾患のリスクに層別分類を導入しています。即ち<表2>に示すごとく心血管病の危険性の大きさにより、高血圧の患者をABCの3群に分類しています。A群は重大な危険因子がなく、脳、心臓、腎臓、眼底、大動脈、末梢動脈などの標的臓器障害や心血管病を全く合併していない高血圧、B群は糖尿病以外の危険因子が一つ以上存在するが標的臓器障害や心血管病を合併していない高血圧症、C群は標的臓器障害や心血管病を合併しているか、或いは糖尿病を合併している高血圧症であります。ここで言う危険因子とは、喫煙、血清脂質異常、糖尿病、60才以上の男性、閉経後の女性、心血管病の家族歴です。

 このABC分類と高血圧stage分類を組み合わせ治療方針を明記していきます。C群ではstage1でも直ちに薬物による治療を開始すべきであり、心不全、腎不全、糖尿病があれば正常高値血圧群(130〜139/85〜89mmHg)でも薬物治療の適応があるとしています。

 さていよいよ皆様の頭も混乱してきたと思います。実際に世界中で高血圧の指針がいくつあかり、血圧の正常とは何か?高齢者、糖尿病、腎機能障害の血圧の適正値はどの程度か、という議論が専門家の間でも未だに盛んになされている最中のようです。人種、性差、年齢、合併症の有無などを考慮したり広範囲、包括的、科学的疫学研究により、より分かりやすく説得力のあるガイドラインができることを期待したいと思います。今回はこの辺にして次回は高血圧の治療について述べたいと思います。

<RERERENCE>
 *THE SIXTH REPORT OF THE JOINT NATIONAL COMMITTEE ON PREVENTION, DETECTION
 *EVALUATION AND TREATMENT OF HIGH BLOOD PRESURE
 *NATIONAL INSTITUTES OF HEALTH
 *National Heart, Lung and Blood Institute
 *National High Blood Pressure Education Program
 *NIH Publication No. 99-4080 November 1997

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