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 第21回 「下肢静脈瘤2」

 ノストラダムスの予言は外れた様ですが、世界各地の地震や異常気象は何か嫌な世紀末を感じさせます。私達も常にいざという時の心の準備が必要です。最近ある患者さんが診察室に入るなり「先生、喘息と血圧と糖尿の薬を一週間分一度に全部飲んで大丈夫でしょうか?」と心配そうに聞いてきました。私は驚いて、相手にちゃんと足がある事を見た上で「それは致死量ですが、一体どなたが飲んだのですか?」と聞いたところ、彼は伊豆の山奥の温泉に湯治に行った話を始めました。

 風呂から上がって部屋に戻ると、なんと猿が彼のボストンバックの中から薬袋を取り出している最中だったそうです。「それは大事な薬だから返してくれ!」と彼が言うと、このエテコウ氏は真っ赤な顔をして「イーダ」と言う様に歯をむき出し、薬袋を抱えてさっさと窓から出て行ってしまったそうです。おかげで彼は一週間必要な薬を飲まずに、すっかり体調を崩して来院したわけですが、「あの猿は今ごろ無事でしょうか?」と盛んに気にしています。お地蔵さんの様な呑気な彼の顔を見ながら、あえて厳しい表情をして「災害は何時やって来るかも知れません。大事な薬は常に肌身から離さぬ様に!」と忠告しましたが、日本昔話を聞く様なほのぼのとした気分になりました。

 さて、今回は前回の下肢静脈瘤の基礎的な話に続いて、症状・診断治療についてお話しします。

 下肢静脈瘤は静脈弁が壊れ、逆流する為、静脈血がうっ滞し、立位により多くの静脈が怒張し、山ミミズの様に屈曲するか、小さい静脈が拡張して網目状や蜘蛛の巣状になった状態を言います。これらに気付いた人から美容上何とかならないかと相談される事が多いのですが、その他自覚症状として下肢に血液がうっ滞する事により、脚がだるい、重い、疲れやすい、痛い、夜間のこむら返り、ほてり、むくみ等の症状を訴えます。静脈瘤はふくらはぎに最初に出る事が多く、見にくい為本人が気付かず、家族に指摘されたり、痛みを感じて初めて気付く事もある様です。

 静脈瘤が長期間に渡り存在し、放置されていると静脈の循環障害による合併症を来たします。皮膚が栄養障害の為薄く萎縮し、テカテカし、皮膚炎、湿疹を繰り返して、皮膚が次第に硬くなります。又皮膚や皮下からの出血で皮膚の色が色素沈着と言って茶褐色に変化していきます。最終的には皮膚に潰瘍が出来てしまい、非常に難治性で、ここまで至らぬ内に治療を受ける事が肝要です。その他、うっ滞した血液が固まり、深い部分にある静脈の本流に流れ込み、詰まってしまう深部静脈血栓と言う病気や、更に希ですが、血栓が心臓まで飛んで行き、肺動脈血栓症と言う、時に致死的となる怖い合併症も報告されています。

【診 断】
 下肢静脈瘤の診断は一目瞭然ですが、どの治療を選択すべきか、医師は触診し、様々な部位を圧迫したり、患者さんに立ってもらい足踏みをしてもらって、静脈への血液の充満の程度、拡張の程度により、どの部位の静脈の弁が障害されているか、深部静脈は血栓で詰まっていないかを判定していきます。その他、超音波や静脈撮影と言って、静脈に造影剤を注入し、レントゲンで静脈の全容を知る方法も採られています。

【治 療】
 治療には保存療法と手術療法、硬化療法があります。保存療法は主として軽症の症例に行われるものです。保存療法としては安静、患肢の挙上、患肢の圧迫が医師から指導されます。安静は全ての疾患に通じる事ですが、静脈瘤の発生予防の所でも述べた様に、下肢筋肉群のポンプ作用は重要で、じっと立ったままの安静ではかえって静脈瘤は悪化します。筋肉ポンプが働く様に、適度の歩行は必要です。但し、サッカー、テニス等、脚を酷使するスポーツは筋肉と同時に皮膚の血液の流れも多くなり、皮下の静脈が拡張して静脈瘤が増悪する可能性も指摘されています。適切な運動としては身体が水平で心臓に静脈血が戻りやすい水泳や水圧で表在静脈が圧迫されるスキューパダイビングを推奨する人もいます。

 次に患肢の挙上ですが、まさか逆立ちして生活する訳にはいきません。西部劇で保安官が机の上に長い脚を投げ出すシーンがありますが、日本人、特に女性では日常でそんなお行儀の悪い事は出来ません。脚がむくんでだるくなってきた場合にはこっそり横になる場所を見つけ、座布団2枚程度を重ねた上に脚を乗せて一休みする事も必要です。

 保存的療法で最も有効な方法は患肢の圧迫です。脚全体を適度の圧で圧迫する事により拡張した静脈の中に滞り、貯留している血液を深部の静脈に押しやり、深部静脈の血流を促進する事によって下肢の血液循環を正常化するのがその作用機序です。この目的で、弾性ストッキング、弾性ソックスが用いられています。末梢の静脈圧は20mmHgですが弱圧のものは、この圧に相当する圧で締めつけて表在静脈の拡張を改善します。

 中等症の静脈瘤に対しては30mmHg前後の中圧のものが適しています。膝の周囲から下の静脈瘤ではハイソックスタイプのもの、大腿の付け根にまで瘤があるときはパンティストッキングタイプのものが用いられます。

 中等症から高度の静脈瘤に対しての根治的療法としては、以前はヴェインストリッピングと言って、瘤化した静脈をストリッパーという名前は艶めかしいが色気もそっけもない金属のワイヤーで引っこ抜いてしまう手術が第一選択でした。最近では硬化療法と言って病変のある静脈に硬化剤と言う薬品を注入し、静脈の壁をぺっちゃんこにくっつけて血管内腔を閉塞したり、血栓を形成させて血管を詰まらせ、瘤に血液が貯留しなくする方法が行われる様になりました。後者は外来で簡単に出来、安全性も高く、次第に広まりつつある方法です。言うまでもなく静脈瘤の進行の程度によって治療法は選択されるべきものであり、静脈瘤のある方は一度専門医の診断を仰ぐと良いと思います。

【参考文献】 
  折井正博 下肢静脈瘤とその治療のすべて/東洋書店/1998

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