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 第83回 「アイアンマン西オーストラリア大会」  

 ハワイ大会が終わり、アイアンマンの出場を目指して、来シーズンに向けて何処で出場権を獲得しようかと考えを巡らしている人も多いのではないでしょうか。日本人にとりましては、この時期に来年は何処々の大会に出場すると決めてエントリーを済ませてしまっている人は未だ少ないと思いますが、この時期でも北米やNZ及びヨーロッパで、人気のある大会は既にエントリーがソルドアウトです。

 さて、ハワイが終わり今年もオフに入りのんびりと構えておりましたら、ハワイからビッグニュースが飛び込んで来ました。3年連続でナターシャ・バッドマン選手とロリー・ボーデン選手の下、3、2、3位に甘んじていたニナ・クラフト選手が念願の初優勝を勝ち取ったと思ったら、ドーピング違反により失格となって、2位のナターシャ・バッドマン選手が1位に繰り上がり、通算5回目の優勝となりました。獲得した賞金約1000万円がパーです。エリート選手は賞金獲得順位に入れば、ドーピングの検査が行われる事を本人も既に知っているはずですのに、免れられると思っていたのでしょうか。7月のドイツ大会でも圧倒的な強さを見せつけられましたが、今になって思えば、あの時もドーピングをしていたからあの強さが発揮出来たのかと思ってしまいますが、優勝したので当然検査を受けているはずなので、その時の事は定かではありません。何れにしましても2年間の出場停止と言う事で、年齢から言って選手生命は終わりと思われます。世界のトライアスロン界において非常に不幸な出来事で、後味の悪い今年のハワイ大会となってしまいました。

 
 04年の最後の予選大会として11月28日に第1回大会が、西オーストラリアのパースの町から約230km離れたバッセルトンと言う海岸沿いにある小さな田舎町で開催されました。オーストラリアでは毎年4月にフォスターでアイアンマン大会が開催されていますが、オーストラリアはトライアスリートの人口が多いので、フォスターの大会に出場する為に国内予選に出場して出場権を獲得しないと出場出来ません(外国人枠別途)。

 今回の大会にはフォスターの出場権が150名分付いていました。これでオーストラリアでは、東のフォスターと西のバッセルトンと二大会を開催する事となりました。バッセルトンと言う町は全くの小さな田舎町で、メインストリートは10分もあれば見終わる位で、2階建て以上の建物は無く、ホテルも町中にはモーテル形式が数軒しかなく、今後出場選手が増加した場合は宿泊場所の確保が大変です。町の観光ポイントとしては、ビーチから沖合約1kmに直線で木造の桟橋が伸びており、その上を観光用のトロッコ汽車が走っており、オーストラリアの絵葉書にも良く描かれています。

 
オーストラリアでの11月後半の気象条件は、冬が終わり春をこれから迎えるという所ですが、パース辺りでは太陽が出ると日中は30℃近くなるのですが、パースから200km以上離れていますので朝晩はとても半袖や短パン等では寒くていられません。又雨も多く、日中降ったり止んだりで風も強く、風が強いと波が高く、日本人にはスイムは大変です、太陽が出るとかなりの暑さとなりますが、湿度が低い為に汗が出る事はありません。

 コースロケーションはスイムが2周回(陸に上らず)、バイクは3回折り返しがあるコースを3周回(1周60km)、ランは海沿いの遊歩道を3周回(1周14km)で、バイク、ラン共に全くの平坦コースで高速コースです。高速の対応が出来ていないと良い記録と順位は難しいようです。

 さて、今年は第1回と言う事と又ハワイの後でもありエントリーは886名で、スタートした選手は830名でした。日本人も新し物好きが多いと見えて、27名ものエントリーがありました。エリート選手では松丸選手、エージグループでは藤原選手と平田選手が出場しました。男子エリートの優勝候補としては、マレーシア2位、フォスター3位で地元のジェイソン・ショーツ選手、ウィスコンシン2位、ハワイ23位のピーター・バプロスキー選手、女子では地元のカート・リバッカー選手、カレン・バランス選手らが出場してきました。

 スイムスタートが他のアイアンマンレースに比べ6時と早いのですが、明るさには問題が無くスタート時の天候は曇り、波高も少しありましたがまずまずのコンディションでした。バイク競技中は曇りで少々肌寒い感じもしましたが、ランに移る頃には太陽が出て暑くなり、頭から水を掛けなければならない位になりました。

 
レース結果は、男子エリートではジェイソン・ショーツ選手がバイクを3番手で上がり、ランに入り先頭を走っていたルック・マッケンジー選手を直ぐにパスし、ランスプリットを2時間45分と言う速さでカバーし8時間16分の好タイムで初優勝、2位はピーター・ジェイコブソン選手、3位にルック・マッケンジー選手、4位がピーター・バプロスキー選手でした。女子エリートではカート・リバッカー選手が終始独走で2位のカレン・バランス選手に21分の差を付け9時間03分の好タイムで初優勝しました。

 日本人エリートの松丸選手は、靭帯の故障で完走するのが精一杯でしたが、エージグループでは3人が入賞、35〜39才で平田選手が9時間13分で総合20位のエージ2位入賞、40〜44才で藤原選手が9時間11分で総合18位のエージ優勝を果たしました。二人共ハワイの出場権を獲得し早々のクリスマス・プレゼントでした。平坦で高速コースと言う事でエージクラスの優勝タイムも非常に速く、50才代、60才代共に優勝タイムは10時間台でした。

 
トライアスロンを始めてあっと言う間に20年が過ぎて行きました。20年間で人様に自慢出来る事は何もありませんが、強いて言わせていただければ、アイアンマンと名の付く大会に48回出場し、リタイアが無かったぐらいのものです。無事是名馬ですか?一年が過ぎるのがあっと言う間でしたが、今年も残り僅かとなりました。来年はトライアスロン界にどの様なドラマが生まれるのでしょうか!来年も又宜しくお願い申し上げます。

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